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イレオニルト

4.

 アルクロルの鋭い踏み込みに、イレオニルトは反応できなかった。反射神経の問題ではない。その辺りに関しての油断は皆無だったと言える。ただ、重臣の位置が悪かった。その瞬間は、後ろ足に重臣が乗ってしまったのであった。そこを突いたアルクロルの功だと言えよう。
 半瞬出遅れたイレオニルトの剣は、アルクロルのレイピアに上手く乗せられ、絡め取られて手から落ちてしまったのだった。
「その後は覚えていないが、首の辺りが傷む。柄でやられたらしい」
 兵士に案内されてやってきたリーヴットにイレオニルトが言った。
「と言う次第だ……。すまない」
 剣議員の八本は、諦めざるを得なくなった。
 それは確かに残念なことなのだが、リーヴットは妙に安心してしまった。これで八議員を破っていたら、イレオニルトは尚、住む世界の違う人間になっていた。彼でも負けることがあるのだと、不謹慎ながら思った。
「いいさ。仕方が無い」
 視線を落とすイレオニルトをなだめるように言った。
「それにしても、君が敵わないとは、余程の使い手なのだね」
 イレオニルトには、強いと謳われる剣士たちのような巧さはなくとも、どんな強敵でも打ち破ってゆくような強さがあると、解析していただけに、ほとんど手も出せずに敗北を喫するとは想像できなかった。彼の二の腕に厳重に巻かれた包帯が似合わない。
「……ああ」
 余程応えているのか、イレオニルトが気のない返事をした。
「いや、そんなに懸念することでは……」
「そうではない。負けたことを悔やんではいない。だが……」
「だが?」
「……取引をしていたのだ。俺が勝てば剣を八本。俺が負ければ、全てを明かす。と」
 これは、レリクスを密殺するための、旅である。
 今これを知っているのは、この二人の他に、アメレシアの重役とフュルク卿だけである。イレオニルトを含め、三人とも国籍はアメレシアではないが、ほぼアメレシアの内部で処理されている問題であると言っていい。それがサノンコルトの、こともあろうが八議員に知れ渡るのは良いこととは言いがたい。
 リーヴットはしばらく考えたが、
「仕方が無い。全ては剣のためだ。忘れてもらうように願い出ようよ」
 そう、結論付けた。
 アメレシアの模範的な騎士を見る限りでは、サノンコルトの面々がおとなしく忘れてくれるとは思えない。だが、リーヴットは、万一騒ぎ立てるようならば、ド・ルーゲオの秘術で隠蔽してしまうつもりでいた。それは、使用者も標的も激しい後遺症と伴うため、極力使用を控えるように教えられた術なのだが、全ては話した上で、アメレシアに魔性のものがいるなどと騒がれては、この先の旅路に支障をきたしてしまう。
「すまない」
 再び頭を垂れたイレオニルトの肩をリーヴットが叩く。
「じゃあ、行こう」
 彼が立ち上がるのを待って、尋ねた。
「会合はどこで?」
「アルクロルの塔だ。最上階の個室へ招かれている」 
 今イレオニルトたちがいるのは、グングニルにある兵士達の宿舎だ。特に彼らを監視しているような人物はいないのだが、それでもここを無言で出て行くのは、無理だろう。中央の塔にいると言うことは、八剣士に囲まれているも同然なのだから。
 二人はおとなしくそこを出て、グングニルの五回へ上り、渡り廊下を使ってアルクロルの待つ南の塔へと足を運んだ。そこから二階分の階段を上ったところへある彼の部屋の入り口は、ひどく簡素で、衛兵の一人もいない。アメレシアの城を見慣れているリーヴットには、無防備に見えて仕方がなかった。
「イレオニルト。参上いたした」
 扉を叩いても返答がなかったので、名乗ってみた。
 すると、扉の裏でガチャリと音がして、アルクロルが現れた。
「すまぬ。ここではノックに応答しないのがしきたりだ」
 聞くところでは、肉声でのみ扉を開けるようにすることで、だまし討ちを防ぐらしい。騎士国家らしいしきたりであった。
「先ほどは貴公が気を失われたゆえ、伝える暇がなかったのだ」
 彼の背に従うように、二人が入室した。
 扉が扉なら、部屋の中もまた簡素なものであった。見た限り、あかりは壁際の燭台だけだ。きっと夜には牢獄のような雰囲気をかもし出すことだろう。窓も小さい。壁にかけられた、数種の剣だけが、異様な存在感を放っている。
「そちらは?」
 アルクロルがまず聞いた。イレオニルトが促すようにリーヴットを見る。
 頷いて、名乗ろうと言うところへ、扉の外から邪魔が入った。
「アルクロル!」
 リーヴットには聞き覚えの無い声だが、イレオニルトは知っているようで、忌々しそうに顔をしかめる。しきたりに従っているからには、サノンコルトのものだろうから、八議員の誰かということになる。
 すぐさまアルクロルが扉を見やり、声を上げた。
「接客中であるぞ」
「……昼の者か?」
「そうだ。お前が敗北を喫した者だ」
「ならば、都合が良い」
 心に疑問符を浮かべる三人に、扉の外の男は、一息置いて言い放った。
「今より剣議を申し開く。そこの客人を含めた、重大なものになる」
 たまりかねたのか、アルクロルが立ち上がり、扉を開けた。
「どういう魂胆か? しがない旅人を剣議に加えるとは規律違反。私は納得できぬ」
「納得できずとも、その手筈は整えている。貴公を覗いた全員から既に勝ちを収めてな」
 そういって男が剣を突き出した時、包帯にくるまれた手が扉の隙間から見えた。ヒュンド、とイレオニルトがつぶやいて舌打ちをする。リーヴットは眉をひそめながらも、あえて聞かなかった。
「同行、願えるか?」
 やれやれと言う顔で、アルクロルが言った。
 再び五階へと下り、渡り廊下からグングニルへ出て、八階の剣議の間へと向かう。多くの兵士達が鍛錬の手を休める、午後の半ばであった。
 過程、会話はまったくなく、お互いにいろいろなことを考えていた。
 グングニルは先細る塔であった。上の階ほど狭くなっている。しかし、その分天井を支える柱も細くなっていくために、その狭さを感じさせはしない。階を登るほどに、洗礼されていくような、そんな雰囲気がある。
 剣議の間には、すでにアルクロルを除いた七人の剣議員が集っていた。席は固定の八つしか存在しない。イレオニルトとリーヴットは立ち会うことになった。
「では始める」
 卓上に剣を置いて、ヒュンドが言った。
「まず、この議に異を唱えるものは?」
 皆が卓上の剣から手を離す。
 この最初の問答が、しきたりなのか彼の詭弁なのかは知れないが、剣を握らないことが異議なしのサインらしい。イレオニルトは自分の剣を見つめながら、それを感じ取った。
 開始前にヒュンドが述べていた事に、剣議のありかたがあったが、それによると掲げる案を議決へと導くには、六人に賛成させる必要があるらしい。まずは挙手により、数を募り、それが六人に至らなかった場合には提案者の意思により、剣議が始まる。戦いは常に一対一の一本勝負で、敗者は勝者の案に従わねばならない。例えば、挙手によって二人の票しか得られなかった場合には、剣議で四人を打ち負かさねばならないのだ。逆に反対がひとりしかいかなった場合は議が通ることになる。
 察するにヒュンドは、アルクロルの部屋を訪れる前に他の六人を訪れ、イレオニルトとリーヴットの二人を参加させることに関して六勝、つまり六票を得たのだろう。
「意義あらば、いつでも握られよ。では、本題に入る」
 剣議は誰かの異論で唐突に始められるらしい。
 とにかく、剣議が始まった。
 ヒュンドが大きく息を吸い、言い放つ。
「洗いざらい言うことにする。私は諸君の誰にも話さずに、水面下で動いていた」
 突然の彼の暴露に七人のうちの三人が剣に手を伸ばした。アルクロルは腕組みをして、冷静な眼差しをヒュンドにあてる。
 緊張の中、ヒュンドが続けた。
「すまないとは思っている。だがこれも、祖国を思えばこそなのだ」
「御託は良い。先を願えるか?」
 言ったのは八人の中で最も老齢と思われる白髭の騎士だった。
(彼もやるのかい?)
 リーヴットが囁く。
(三番目に、な)
 ヒュンドの前に対したのが彼だった。
「知ってのとおり、我らサノンコルトはリュティードと臨戦体勢にある。奴らが国境付近にしいた軍を一歩でも進めれば、こちらも派兵せねばならぬ。だが、いかにわが国の騎士隊が優れていても、奴らの軍力には及ばぬ。そこで、勝ってながら一計を打たせて頂いた」
 皆が沈黙していた。
 ヒュンドが揚々と続ける。
「アメレシアに助力を求めている」
 途端に、二人が剣を手にした。
 意義である。
「受けて立とう」
 ヒュンドが立ち上がるのへ、今度はアルクロルが剣を取って言った。
「その剣議に異を唱えさせていただく」
 レイピアが天を指している。
 言わずもがな、サノンコルト一の男が異を唱えているのである。この場合、三人が試合を行うことに反対しているので、ヒュンドを含めた三人を相手にアルクロルが闘うことになるのだが、それでもアルクロルの実力が勝っているらしく、三人はおとなしく剣を手放した。
「結論が出る前の剣議は控えたまえ」
 老議員が代弁した。
「ヒュンド。アメレシアに助力を求めると言ったか?」
 アルクロルがレイピアを手放して言った。
 ヒュンドは握り締めていた剣を手放すと、息を吐くようにして座り、答える。
「うむ」
「振りかかる火の粉は国の者で払うという、我らの国の指針はどうなる?」
「逆らうことになろうな。だが聞きたまえ。私は思うのだ。国を失うは、誇りを失うも同然。誇りを守らんがために、国を失うようなことになってはならんのだ」
「サノンコルトが負けると申すか? ヒュンド殿!」
 議員の中で最も若そうな青年が声を上げる。
「そうは申しておらん。私はただ危惧しておるのだ」
 その一言に全員が静まり返る辺り、誰しもそうなのだろう。
「では、アメレシアは何を求めてきている?」
「そうだ、あれほどの大国。感情で動くわけがなかろう」
「もしや、リュティードの領土を奪うつもりではあるまいな?」
 左右から弁が飛んだ。
 記しておけば、サノンコルトは防衛の戦以外は剣をとらない国である。つまり、リュティードの領土を奪うとは、アメレシアと組して、侵略戦争を起こすと言うわけであり、それもまた指針に反することになる。
「どうなのだ? ヒュンド殿」
 制して老議員が問う。
 答えをまたずに、リーヴットは心得ていた。
 サノンコルトの面々はアメレシアのラルコフ王をあまりよく思っていないらしいが、彼はリーヴットの良き理解者であったため、実は道徳者であることを知っている。落ちぶれたカーナロキア王朝の生き残りであるリーヴットの一族に援助金を与え、数人の賢者や史学者からなる復興組織を作ってくれたほどである。その見返りがほとんどないのにも関わらず、だ。
「アメレシアの要望は、彼らだ」
 ヒュンドの眼が、リーヴットを向いた。
「どういうことだ?」
「リーヴット・エルテヒュンド・レスター卿の旅路を支援することである」
「何だと?!」
 議会がざわついた。
 皆、口々にリーヴットの数多い通り名を口にしている。
「静まらぬか」
 老議員が言った。
「済まぬが、レスター卿。この老いぼれに通ずるように説明してもらえぬか?」
 議会にアメレシアの名が出たあたりからこういう展開になることは予期していたが、これまでのことを簡潔にまとめるには、少し難だった。極力、オルサナやノトロシアのことは口に出さない方が良いわけでもあった。旅立つに当たって、事を広めないようにと釘を刺したのは、他ならぬアメレシアのラルコフ王であったから、彼から事の中枢が伝えられているとは考えにくい。念のためにリーヴットは質問を返すことにした。
「では先だって、ヒュンド殿。言われたことを説明してもらえますか?」
「いや、私はただ、貴公に従えと」
「そうですか」
 この間に大筋を決めたリーヴットは、要点だけを述べることにした。目的をレフェス中の剣を研究するためと偽って。だが、説明は意外と長く、疲れも出ていたイレオニルトは、その場で腰を下ろしてしまった。一通り伝えた頃には、日はだいぶ傾いていた。
「剣を望んだわけはそれか……」
 誰かがつぶやいた。
「決闘など申し込まずとも、話し合いで応じたものを」
 イレオニルトにしても、こうなるとは予想していなかったのだ。サノンコルトはアメレシアの同盟国でもなんでもないのだから、あの時話し合いを持ちかけても結局戦っていた気もする。
「それで、アメレシアは何と引き換えると?」
 おそらく、サノンコルト側の最も知りたいことだろう。
 それを聞いて欲しかったと言わんばかりの笑みで、ヒュンドが言う。
「討竜隊を九名」
 それは、アメレシアを中心としてレフェス全域で活動する魔物を狩りの一隊であり、アメレシアの精鋭部隊になる。剣に秀でた者から、魔法に秀でた者、盾に秀でた者まで、二十一人から構成されている。個々はこの場にいる誰にも敵わないかもしれないが、抜群の連携で巨竜をも倒す者達だ。
 議員達が閉口した。
 リーヴット自身も驚いていたぐらいである。
「馬鹿な。釣り合いが取れぬ。謀略ではないのか?」
 奥の議員が発言した。
 一同の目がリーヴットに向き、弁明を求められた彼は、いささか慌てて、こう言った。
「この研究が上手く行けば、人間は魔物と戦う強い武器を手にすることが出来るかもしれません。ラルコフ王がそこにかける期待は尊大なのです。しかしそういう意味では、この先の討竜隊の仕事が減りますから、彼らに出番を与えたいのでしょう」
(必死だな)
 イレオニルトが黙々と思った。
 議員達はリーヴットの発言に重きを置いているようだが、隠れた張本人は彼である。かつてサノンコルトにも脅威を及ぼしたノトロシアの末裔だとは口が裂けても言えないが。
 とにかく、議員を納得させるには至ったようだった。
「少しずれてはいまいか?」
 とは、青年騎士の発言である。
「リュティードの者どもは非人道的であるとは言えど、人間。討竜隊にいかなる仕事ができようか?」
「見くびってはなるまい。彼らは竜ばかりを相手にしているわけではなく、時には何百というヌルを相手に戦いもするのだ」
 数百というヌルを相手にしながらも旅をする二人を前に、ヒュンドが言った。
 青年は黙ったが、何処か納得が行かないようでもあった。面々の中では一番若いだろうに、リュティードの問題はサノンコルトだけで解決するという思いが強いらしい。
「それでも軍を借用する方が、有益ではないか?」
 また別の者が言う。彼はアメレシアと手を結ぶことに抵抗はないらしい。
「いや、軍は目立つ。リュティードを触発しかねぬわ」
 アメレシアが何かしらの兵団を成して、サノンコルトによこしたとなると、リュティードも黙ってはおらず、やもすると、レフェス中に火種が広がりかねないと、老騎士が議論した。
「確かに」
「討竜隊は妥当であろう。九人ならば知れることなく配置できる」
 ヒュンドがまとめ、一息おくと、こう言った。
「では、決を採る」
 その一言に、全員の目が卓の中央で合った。
「私はアメレシアとの結託を提唱する。異議ある者よ、剣を取りたまえ」
 数秒の沈黙の後、ゆっくりと手を動かしたものがいた。
 さっきの若者と、アルクロルである。
「ふむ」
 老騎士がうなずく。だが、自らは剣に手を置いていない。
 ルールに従えば、ヒュンドは五名の票を得たことになる。議決の六票には届いていない。だが、イレオニルトは、ヒュンドがアルクロルに次ぐ実力者であることをその身で知っているため、若者とヒュンドの剣議が始まろうと、ヒュンドの勝ちに揺るぎはないだろうと思い、決闘をしに階下へ下る面々には加わらなかった。リーヴットは興味本位で付いていった。
 部屋にはイレオニルトのほか、アルクロルと老騎士が残った。
「観ないのか? 貴様は」
 イレオニルトが老騎士を通り越して、アルクロルに聞く。
「知れたことだ」
 口数少なく、そう答えた。
 それを先見していたイレオニルトが、ふっと笑う。
「おかしなことだな。貴様は最後に剣を取った。若造が負けると見越した上で、若造に着いた。だが、議決は六人。貴様一人が反対していようと、決まるのだろう?」
「左様」
「ならば何故、意義を唱えた?」
 アルクロルは自席で黙ったまま、腕を組んでいる。
「わしが説明いたそう」
 老議員が裂いて入った。イレオニルトの眼光が向く。
「この剣議のしきたりには穴があることはお気づきかな?」
 考えれば、すぐに分かることだろう。
 議決は提案者も含めて七人。一人の反対は押し切れることになっている。しかし、その一人が提案に反する意見を述べた場合、最初は一対七の通らない意見だが、剣議を重ねて勝利してゆけば、覆せるのである。その時一人の反対派が残り、彼がまた、原案を提唱したならば、剣議に終わりは来ない。
「ではあるのだが、そのようなことが出来る者はこやつしか居らぬ」
 一対七を覆せるのは、アルクロルぐらいだ。やはり、イレオニルトの体が知っている。
「面倒なしきたりだな」
「その通り。だが、頂点に立つ者のそれは原則として禁止されているのだ」
「つまり?」
「こやつは提案をしてはならない存在なのだ」
「ますます妙だな。それでは議会はヒュンドの思い通りではないか」
「そうはならぬ」
「何故?」
 嵐のように質疑が続く。
「剣議の順に決まりはないのでな、時と場合によっては、こやつが先発し、残りを不戦勝にすることも可能である。今で言えば、ドノバの前にこやつが出向くことでな」
 ドノバは若者の名らしいが、そうなれば、ヒュンドは五票しか集められない。よって、議決は流れることになり、一度流れた決議は二度と起こせないらしいから、事実上の棄却になる。
 考えれば、よく出来ている。最強の者の独裁を防ぐために発言権を奪ってはいるが、剣議の名が示すとおりに、強い者がより優位に結論に出せるようになっている。思えば、サノンコルトは長い歴史を持っている国であるから、剣議の歴史も深く、長年を経て今の形にありついたのだろう。純粋に感心したイレオニルトだった。
 しかし、そうなると尚更、アルクロルの意義に納得がいかない。
 意味を乞うと、またも老議員が言った。
「戒めである。こやつが反意を示すことによって、ヒュンドから慢心を払うのだ。万一アメレシアとの結託に失敗した時には、こやつがヒュンドの方針に異を唱えて、棄却に導くという予告である」
「仮に若造が異議を唱えなかった場合、それすらも出来ないということになるが?」
「皆が納得したのであれば、私は何も言わぬ」
 ついにアルクロルが言った。
「イレオニルト殿。私は最後の砦なのだ」
 あらゆる意味でサノンコルトを守らねばならぬ――
 そう聴いた時、階下から若者がヒュンドの肩を借りて戻り、議決という形で幕が下りた。
 もはや、日は完全に没した。
 イレオニルトとリーヴットの二人は用が済んだところで、足早にサノンコルトを離れるつもりでいたが、他ならぬヒュンドに呼び止められ、一晩休んでゆくように説得された。多少の説得なら受けないのだが、サノンコルトにとっては同盟国となったアメレシアの使者のようなものである二人への最初の支援なのだろう。イレオニルトのほうは相当、渋々であった。
 ともあれ、このところ溜まっていた疲れを癒すのも悪くは無い。
 二人は自由に使える部屋として、グングニルの中腹に位置する客室へ案内された。
「そうだ、収穫はあったのか?」
 唐突にイレオニルトが言った。
「え? ああ、そう。<雨の丘>ね」
 色々ありすぎたせいで、買い物のことなど毛頭になかったリーヴットであった。
「期待していたほどはなかったよ。散々回って、三つだけ。単独行動は避けるべきだね」
「そうか……」
 イレオニルトには何か打算があるらしく、浮かない返事をしてきたが、意を口にはしなかった。それはそれで、リーヴットの気にも掛かったのであるが、彼もまた別のことを言うべきかで悩んでいた。つけまわした上に命まで狙ってきた男のことを。
 少し思案して、リーヴットはそれを伏せた。
 イレオニルトにしても狙われる覚えはないだろうし、深入りすると本来の目的である百の剣を達成できなくなるような気がしたからだ。だが、後にして思えば、この場で伝えておくべきであった。
「伝え玉はどうした?」
 イレオニルトの言葉にリーヴットは、はっとした。
 三日前のあの遺跡を出た時に大量のヌルと出くわして、闘いの弾みで壊してしまっていたことを今更のように思い出す。
「忘れたのか? 貴様、フュルク卿との連絡はどう取る?」
 鋭く罵られた。
「いや。そう、なかったよ、町には」
 慌ててたどたどしく、思い返す。
「ほら、どこで見かけていたら思い出して買っているはずだから」
 伝え玉は一般には利用価値の低い品物だが、売り手からすれば、品揃えの自慢になる物だ。何処かの店が仕入れていたというなら、きっと店頭に並んでいたはずだった。それに、魔法に疎いサノンコルトの商況から扱っているとも思い難い。
 そう思いながらもリーヴットは、明日の朝一番に覗いておこうと思うのだった。
「……まぁ、俺とて成果はなかったのだからな。大口は叩けんが」
 また、イレオニルトが呟いた。
「あっ」
 イレオニルトの言葉に、リーヴットは三度思い出した。
 大事にローブの中へ忍ばせていた双剣のことを。
 だがそれを話し出す前に、扉の外で声がした。
「ヒュンドである。夕食の準備が整い申した。我が塔へ招待致す」
 また、あいつか、と小声で言うイレオニルトを横目に、リーヴットが扉を開けて応じた。二人は彼の後ろに付いて北のヒュンドの塔へと足を伸ばし、最上階の一室へ通された。中では何故かアルクロルが行儀よく座っている。<砦>を含めた密談のような気がしなくもなかった。
 会合は黙々と始まった。
 イレオニルトとアルクロルが口を割らないのは言うまでもないが、ヒュンドとリーヴットはお互いの出方を観ているような物腰で手だけを、それも非常にゆっくりと進めている。
「二、三。お聞かせ願いたい」
 口元を拭いた上で、ヒュンドが言った。
「どうぞ」
 同じようにしてリーヴットが返す。
「何本の剣を集め、研究なさるおつもりか?」
「目標は百本です」
 本当は、双剣を入れて十四本であったが、まだイレオニルトに伝えていないことでもあったので、一本は胸中に納めた。
「たったの百とは、だいぶ少ないように思えるが……?」
 ヒュンドはもっと多いと踏んでいたのだろう。意外と言う顔を隠せずにいた。
「千、万という剣を研究する人手はありません。そのかわり名のある剣を集めたいのです」
 少しの沈黙の後、アルクロルと目配せをし、再び口を開いた。
「支援のことになるのだが……」
 ややもったいぶった口調にしびれを切らせたのだろう。イレオニルトが口早に割って入った。
「剣議員の八剣ならば、もういい。あれはアメレシアとサノンコルトが結託する前の話になる。取引に俺が負けた、それだけのことだ」
「いや、そうは行かぬ。我らにとって、君らを支援することは絶対なのだ」
「だが。そうも行かんだろう? リュティードとやらの緊迫状態の中で、指揮を取る者が丸腰では型がつかん。剣議員の剣は、権力者の証とも聞く。代替は利かんのだろう?」
「そうなのだ」
 ヒュンドが声を落とした。
「ならば要らん」
 今の八十七本が、七十九本になり損ねただけの話である。まだまだ足りないことには変わりなかった。それにイレオニルトとしても、国交に甘んじるようではこの先が思いやられるところだ。
「他は何だ? 二、三あると言ったろう?」
 もはや食卓はイレオニルトが取り仕切っている。
「では……、剣とはどのようなものを指すのだ?」
 本当の目的という意味で、それはこう説明することになる。
 封剣レリクスに敵う剣はこの世には存在しない。だが、一年後には間違いなく世界を揺るがすだろうその誕生は、もはや避けようのないものである。はじめは封剣に魔法で挑むことも考えたが、今の封剣を宿しているオルサナに、術の類が何一つ通用しないところを見る限りでは、それは有望とは言えまい。ともすれば、創世の神々が創り残していった封剣に勝る剣を、人の手で拵えねばならない。
 神は人間には超えられない存在だ。
 その、神が生み出した最強の一振りを、人がたったの一年余りで生み出せるかと言われれば、誰もが首を横に振るところだろう。しかし、デュスペリックを冠するリーヴットの、ド・ルーゲオとしての知識には負の力を無に還す魔法が、イナレフとしての知識にはすべての無を光に変える法術がある。ヴィーティアルであるフュルク卿は、どこにも属さない光を聖霊に変え、一つの剣に宿す力を持っている。二人がいれば、さまざまな属性を持つ剣を唯一つに束ねることが出来、それがレリクスを破る唯一の希望となる。
 しかし、もちろんのこと、制約が伴う。
 ヴィーティアルがいかに聖霊遣いといえども、一度に百の名を精霊達に与えることはできないのである。それはヴィーティアルという位に就き、聖霊の力を使うことが許される時に誓う条文にある。『百の聖霊を宿せし者、神々は汝を強欲と裁き、力を剥奪なさるであろう』と。
 これは、唯のしきたりでも迷信でもなく、史実にあったことなのだった。過去にいたのだ。聖霊達の怒りを買い、大いなる力によって、悪霊へ姿を変えられてしまった愚かなヴィーティアルが。
 百の剣とは、一つの本体と、それを補う九十九本の剣を指す。
 では、その百本はどうあるべきか。
 実を言えば、束ねるべき物は普及品でも構わない。
 アメレシアの騎士団中からかき集めた数種の普及品で試したところ、それなりの強度が得られていた。それは下手な錬金術で生んだ金属よりも、優れえた強度を放っていたのは確かだ。だが、恒久的なという意味で酷くもろかった。五分と持たずに結合が解けてバラバラになってしまったのだ。
 胴と鉄の相性がよくなかったと言う見解や、数に問題があったと言う見解が飛び交ったが、数度の実験で、それらは的を得ていないと言うのが割れた。どのように配合をしても、十分ともたないのだ。
 実際にレリクスと対峙すれば、五分も必要ないのかもしれないが、それではあまりに頼りない。レリクスを手にしたオルサナの目覚めが予見より五分遅れてしまえば、打つ手が無くなってしまうのだ。
 長く持たせるにはどうすべきか。
 リーヴットとフュルクを中心に、議論が繰り返された。
 しかし、その答えを知っていたのは、地位の無い老人であった。
 彼の哲学が知っていたのだ。
『持ち主の思いがこもっているほど、物は答えるように長く持つのじゃ』
 事実であった。
 討竜隊に籍を置く中で剣を扱っている五名の騎士達の愛剣を犠牲にして生み出した剣は、その日の落日まで、形と強度を保ったのである。
 そういう次第で求める剣は、妙な言い回しをすれば血の通った剣になるが、これまでの収穫では他を宿す本体は、運命の剣<フェンレルサン>であるべきだろう。なぜなら、それだけが人の文明から生まれでた剣ではないのだから。そしてそれを取り巻くとすれば、多少は影響する相性と言う観点から、できるかぎり歴史のある剣が良い。歴史に名を残された物に人の思いが宿っていないと言うのは考えにくくもある。
 しかし、これをそのまま伝えるわけにはいかない。
「名剣であれば」
 不要な物はこちらで添削しなければならないが、それが一番楽な説明だ。
「左様か。では、剣議の剣はやれぬが、サノンコルトには他にも由緒ある剣が眠っている。代わりと言ってはなんだが、それを受け取ってもらえぬか?」
 それに好色を示したのは第一にリーヴットであった。
 説明を終えて料理に一口つけた後の口を再び手拭きで拭って言う。
「是非」
「では、この後」
 ヒュンドがようやく、笑みを浮かべて言った。
 この辺りで、嘘をつき通すのは歯がゆいものだと、リーヴットは悟った。

続く