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イレオニルト

5.

 四人は後片付けをするかのように無言で、食卓に並ぶ料理を片づけ、グングニルの地下倉庫へ向かった。ヒュンドがイレオニルトに昼の無礼を詫びたのがこの時である。
 言うに、あの時は余裕がなかったらしい。見ず知らずの人間に、剣議のものが次々と敗れていく様に、少なからず動揺し、戦いを優位に運ぶために多弁になっていたと。彼にとっては多弁になってしまったと言うことが敗北に近い意味だったようだ。
「礼儀をわきまえなかった事の許しを請うつもりはないが、軽い男だと思わないでいただきたいのだ」
 そう、せがむ様に言われて、イレオニルトが答える。
「構ってくれるな。俺は礼儀すらもわきまえていなかったことだ」
 軽い男だと言う印象は薄れつつあったが、どの道口数の減らない男はあまり好きではない。イレオニルトはその感情を表に出さなかったが、黙って距離を置いた。相性の悪い人間は何処かに必ずいるものである。
 地下倉庫は狭いものだった。
 アメレシアの地主の馬小屋のほうが広そうなものだ。
「錆びていてもよろしいのか?」
 ヒュンドがリーヴットに聞いた。
「古くとも形を留めていれば」
 中へは二人だけが入っていった。
 おそらく長いであろうヒュンドの説明を聞くのはリーヴットに任せたのである。
 再び、イレオニルトとアルクロルだけの時間が作られた。
 アルクロルは語り出す男ではない。だが、この時はポツリと言った。
「この倉庫はヒュンド一人のものだ。暇を見ては骨董品を集め、ここへ収めている」
「……だろうな。だが、それを何故俺に説く?」
「知りたそうな顔をしている」
「……続けてもらえるか?」
「いや。以上だ」
 ことのほか、ゆっくりとした会話だった。
 お互い、剣を取れば、すさまじい戦いを繰り広げる剣士だとは思えない。アルクロルの腰にはあの似合わないレイピアが黙っている。
 イレオニルトが言った。
「剣議の剣にしては、騎士に似つかわしくないレイピアだな」
「……これは剣議の剣ではない」
「ほう」
「剣議の剣は、今は手元を離れて鍛冶屋にある」
 話によると、先月ウィストアと戦い、刃こぼれが生じたらしい。ウィストアは前にも述べたが、金属に近い硬度のうろこを持つ竜だ。どんなに頑丈な剣と言えども、鉄鉱石を相手に戦ったのでは、刃こぼれもしよう。むしろ折られなかっただけ、運が良かった、もしくは剣裁きが巧かったということだ。
「これは代役なのだ」
「代役? 他にまともな剣はあるのではないか?」
 細身の剣など携帯しなくとも、城下の町に行けば、いくらでも預けた剣に似た物が置いてあるはずだ。それを問い詰めると、アルクロルはこう答えた。
「このレイピアは私が今まで扱ってきた中で、最も扱いにくい物だ。普段の扱いなれた物から離れるには良い機会と思ったゆえ、こうしている」
 事実なら、いや、性格からして事実だろうが、イレオニルトは条件の悪いアルクロルと対して敗北したことになる。それに気づいて、もはや何も聞く気がしなくなった。ただただ、アルクロルの底知れぬ強さを思い知るのみである。
 イレオニルトが天井を見上げると、アルクロルが歩み寄り、何を思ったのか、レイピアを差し出した。
「なんだ? 俺はもう貴様とやり合う気はさらさらないぞ」
「そうではない」
 イレオニルトが顔をしかめる。
「かつて、このサノンコルトにも王位があった。最後に席に座っていた者が悪政を繰り広げていた故に、剣議が生まれ、今に至ったのだが……。この剣は、自身の亡命の危機を悟ったその最後の王が、愛娘に送った護身用の剣なのだ。お主等の求める物に相応しいと思うが、如何か?」
 アルクロルの眼差しは真面目だった。
「妙だな。聞いた話では、剣議の発足は二百年前。その剣は二百年を経た代物と言うことになる。それなのに、芯が崩れていない。それをどう説明してくれる?」
「ヘーリック加工だ」
 金属に極薄の真空を定着させ、錆びないようにする魔法の技術だが、それを使うことの出来る古代人達は、レフェスにはいない。レフェスは人間の大陸なのだ。古代人達の技は現在レフェスに住まう人間達の知識の範疇をはるかに超えていて、誰も真似できないものだ。
「なるほど」
 イレオニルトは特別疑問視はしなかった。
 逆にアルクロルが不思議がる。
「何も思わぬのか?」
「古代に使用された魔法を使える者がいるというのに、古代に使用された技術を使える者がいないとは思えん。この国には名工も多いと聞く。中にはそういう者も居たのだろう」
「見通しておられたか。その通りである。では、この剣を」
「良いのか? サノンコルトの歴史に触れる宝剣であろう?」
「構わぬ。ヘーリック加工ができる者が大陸に戻れば、人にとっては好都合である」
 イレオニルトが寄りかかっていた壁を離れ、表彰を受けるようにして両手で受け取った。ヘーリック加工は、『ライセット』という剣の銘を傷一つ付けずに守っていた。
「頂戴する」
 イレオニルトが礼を言うと、アルクロルは無言のうちに場を離れようとした。
「どこへ?」
 その背中へ、聞いた。
「少し語り過ぎたゆえ、戻るとする。主らも疲れがあるだろう。早々に休まれよ」
 アルクロルが階段を上って去っていくのを見届け、イレオニルトはリーヴットとヒュンドを見やったが、二人の話はまだ続くようであった。ヒュンドに負わされた二の腕の傷が癒えていない事もあり、イレオニルトは二人を残して、部屋へ戻ることにした。

「ではこれも謙譲いたそう」
 計四本の由緒ある代物をヒュンドより得たリーヴットは納得していた。ここへ至るまでに手に入れた十三本に、双剣の一本。それとは逆にイレオニルトがライセットというレイピアを手に入れていることは知らないため、実際とは一本食い違うが、十八本が手元にあることになる。
 しかし、リーヴットは納得はしていたが満足はしていなかった。やはり、剣議の八本が欲しいのだ。幸い、ヒュンドとは、会話を交わせる良い関係になっている。意を決して切り出した。
「剣議の八本ですが」
「ふむ。あれらは不朽の名作。良い研究素材にはなろう。こちらとしても、同じ思いではあるのであるが、リュティードの挙動が不安である以上、我らの片腕とも言える剣を手放すわけにはいかぬ。ゆえに、そう了承願う」
 このヒュンドの一言で、この先のリーヴットの振る舞いを決定付けたと言って良い。リーヴットは軽く頭を下げて、敬した。
「ところで、これほどの剣。所持したまま旅を続けるおつもりか?」
 ヒュンドが核心を得た発言をする。
「それ、なのですが……。可能であれば、アメレシアに届けていただきたいのです」
「それぐらいならば、喜んでお受けいたそう。そちらさえ宜しければ、この四本に限らず、アメレシアへ届けようぞ?」
「それはありがたい。お言葉に甘えさせていただきます」
 リーヴットは十三本のうち十本を届けてもらうように頼んだ。残した三本はイレオニルトの所持品である為、彼の許可なく渡すわけには行かない。明日の朝に手配してもらえるとの事だったため、十本はその時渡すと伝え、部屋へ戻ることにした。
 リーヴットが一息ついた頃には、夜中を迎えていた。イレオニルトは既に横になって、寝息を吐いている。リーヴットも一応身を整えて横たわった。
「どうだった?」
 その声の主は、意外にもイレオニルトだった。
「起きていたのか」
「昏睡したことなど、かつてない。いつも耳か鼻のどちらかが働いている」
 そういえば、イレオニルトが誰かの気配に気づかなかったことは今までになかった。気配の少ないヌルでさえ彼の隙を突くことが不可能かと思えるぐらいに。
「どうだったのだ?」
 背中越しにイレオニルトが聞いている。
「四本を譲り受けて、こっちの十本と合わせた十四本を搬送してもらうように頼んだよ」
「そうか」
「これで、全部で十八本だ」
「……気が早いな。すでにレイピアも含んでいるとは」
 イレオニルトは、まだ双剣のことを知らない。そのために、リーヴットの勘定の中にはまだ伝えていないアルクロルの贈り物が含まれていると思い込んでいたのだ。これには逆にリーヴットが驚いた。
「レイピア?」
 思わず身を起こして言う。
「違うのか?」
 イレオニルトも起き上がった。
「ええと。実はずっと言いそびれていたんだけど、今日、町で双剣を拾ったんだ」
 話がこじれるのを避けるため、リーヴットはイレオニルトを驚かそうと潜めていた話の封を開けることにした。
「双剣? あの遺跡で探していたあれか」
「そう。行商人が裁いているのを運良く、ね」
「そうか。それは朗報だな。なぜもっと早く言わない」
「暇がなかったんだ。だからこの場で」
「ふん」
「レイピアというのは?」
「先ほど、貴様がヒュンドから貰い受けていた時に、アルクロルより貰ったものだ」
 部屋を見回すと、脱ぎっぱなしのイレオニルトの装備品の中に、見慣れない細身の剣が紛れている。観れば確かに、剣議の場でアルクロルがかざしていた物だ。装飾に王族が好むような繊細さがある。
「女物だね」
 確かめるように言う。
 イレオニルトはアルクロルに言われたままをリーヴットに伝えた。
「抜いてみろ。珍しいものが見れる」
 言葉通りにスラリと引き出した。
「ヘーリック加工……」
 デュスペリックの眼に止まれば、一目で知れるらしい。
「見事な十九本目だね」
 リーヴットはしばし見とれた。
 イレオニルトが言う。
「剣議の剣は逃したが、サノンコルトは当たりだった様だな」
「ああ、それなんだけど」
 ライセットを元に戻しながら、リーヴットが振り返った。
「リュティードに向かうというのだろう?」
 イレオニルトはリーヴットの言動から全てを見通しているようで、さも当然のように、言い放った。
「確かに、議員連中の不安はリュティードだ。あの暴君さえ抑えれば、議会の剣はこちらへ流れ込むといえよう。だが、二人でどうする? どんなに規律の乱れた国だとは言え、軍力はアメレシアに匹敵すると言ったのは貴様だろう? 犬死にするぞ」
「策はあるよ」
「ほう。では述べろ」
「リュティードの今の国力はサノンコルトの領土侵略という目的があって、結束しているだけの付け焼刃なんだ。内乱を起こして内側から崩せば、リュティードはそれどころじゃなくなる。一度政権が沈めば、少なくとも一年はサノンコルトは安泰。八剣を借用できるはずさ」
 軍事に関わったことの無いリーヴットのこれは、所詮書物の知識だ。さがせばいくつか粗はあるだろう。だが説得力はあった。なにせ筋が通っている。
「それに」
 リーヴットが続ける。
「青い剣リュクセイエフを盗んだ賊は南へ逃げた。リュティードは盗賊の国でもあるから、本来の目的である剣も多く持ち込まれていると思うんだ」
 イレオニルトはしきりに頷いたが、肯定の言葉を述べはしなかった。
「だめかい?」
 たまりかねてリーヴットが聞いた。
「いや。正論だ。考えておこう」
 イレオニルトはそれきり黙り、再び横になると、浅い眠りにはいっていった。リーヴットも眠りに落ちるまでそれほど長い時間はかからなかった。

 深夜。
 人目を避けるようにして建物の屋上へ登る影があった。
 サノンコルトから転じて、モルシアロイカの情景になる。
 影の主はリューレイ・フュルクである。そろそろ帰還するであろうヘルメスを迎えに、屋上を目指したいた。当然、世話役の中年女は連れていない。
 ヘルメスはリューレイの期待に答える様に、西の空より飛来した。
 その鮮やかな緑色の羽を振る鳥は、とても矢とは思えない。第三者がこの情景を目したとしても、フュルク卿が見たことのない野鳥と戯れているとしか思わないだろう。
 ヘルメスはリューレイの差し出した手のひらに着地し、まばゆい光へを放って、矢へと戻った。
「リュティードへ……?」
 なだれ込んで来るヘルメスの情報の中から、リーヴットたちの行動に関わるものを抜き出すと、それが頭にこびりついた。
「リュティード……」
 復唱するのは、危険を示唆してのことではない。危険は始めからそうだ。
 考えているのは、リュティードとモルシアロイカは隣接する国であるということ。どちらも国土は広い方ではあるから、一日二日でたどり着く距離ではないが、それでも今までの中では一番のイレオニルトたちと合流するチャンスである。
 リュティードを中心に円を描けば、近場に要るのはイレオニルトたちの方だ。サノンコルトからリュティードへはカーナロキア時代の行路があるから、それを使えば一ヶ月で到達する。モルシアロイカからリュティードへは、陸路では山越えが重なるため、四ヶ月近くを要してしまうが、南周りの航路で行けば、一ヶ月半で入れる。概算で二週の遅れをとるが、二人はおそらく、一月は滞在するものと思われるから、合流は可能だ。
「リュティード」
 三度目のそれは、自身の行動を決定付けるものだった。
 もはや、セイン・パレに留まる暇は無い。
 リューレイは手のひらの矢をつかみ再び弓を引いた。
「ヘルメスよ。風に住まいし無垢なる旅人よ。今再び、貴方に命を与えます。この矢に身をゆだね、私の望みを伝えるのです。島影に潜む彼らへ」
 今度は東の空へ矢を放った。
 ヘルメスは今朝と同じようにして、飛んでゆく。
 宛先は、モルシアロイカ海域の無人島にに隠れているアメレシアの船であった。
 背景の話になるが、モルシアロイカはアメレシアの王のような統一政治ではない。内政と外政に極端に分かれているのだ。役目として、内政は司法・立法・行政のいわゆる三権を取り仕切り、外政は他国との交流や、解呪師やプリーストの派遣、神教の宣布、あるいは邪教の弾劾を取り仕切るのだ。神教的な強さで言えば外政であり、国民的な支持の強さで言えば、内政である。もちろん、内政と外政の対立がないわけではない。内政の者にも信仰心はあるのだから、外政が大きな顔で歩いては嫌に思うだろうし、外政の者も内政に好き勝手されては、神教の都として高名なモルシアロイカで暮らし難くなる。どちらもお互いを排除したい気持ちはそこそこにあるのだが、それを表ざたにしないまま、長々と歴史をつづっている。
 余談になるが、神教と法術は密接である。法術の威力とは、半分は使用者の精神面での能力だが、もう半分は信仰心である。ことにヴィーティアルともなろう者ならば、信仰心がより多く必要とされるのだ。
 セイン・パレは宗教的な意味もあるが、祭儀としての役割も多い。つまり内政の催し物である。内政にも信仰心があるんだと、外政に見せ付けんばかりに始まったようなものだ。回を重ねるに連れて、大規模になり、今では世界中の信者が集うようになった。そのセイン・パレにはいつしか外政の者が重役として招かれるようになった。内外の調和を取るためといって過言ではないだろう。
 今回、招かれているのが、リューレイだった。つまり、彼女は外政の者である。彼女の外政としての人物は、
解呪師やプリーストといった神徒を派遣して救助活動につとめる<シルバークロス>のまとめ役である。
 その外政の者リューレイが、セイン・パレを抜け出して船旅に出たとなればどうなるか。事情を知らされていない内政にとって、それは外政がセイン・パレを軽んじていると言うことになるだろう。ひいてはモルシアロイカの政局に多大な影響を及ぼすことになる。外政で最も権力のある男に自身の代役を請うことも考えられたが、それはあまり得策とはいえなかった。その場合は彼に理由を述べなくてはならないのだから。
 外政の最高位にいる彼は、邪教の弾劾を業として働く<アイアンクロス>の生え抜きだ。忘れてはならないのが、その邪教の中にはリーヴットの属する黒宗派<ド・ルーゲオ>も含まれているということだ。彼の前では、リーヴットという名は死んでも口にすべきではない。
 リューレイは誰知れず、モルシアロイカを離れるべきであった。
 こういうことがある程度読めていたから、合図から二時間以内に出立できる位置に、アメレシアの帆船を潜ませていたのである。
 翌日は騒ぎだった。
 同じ頃、モルシアロイカで騒がれていたリューレイ・フュルクの失踪事件よりもサノンコルトの事件の方が大事だったに違いない。
 サノンコルトの一般兵が列を成して、剣を縦に持ち、額に当てている。道の両脇を兵士達が囲い、旅立つ者を見送る道を作りあげる。騎士国家の葬儀であった。
 棺が黙々と運ばれてゆく。泣く者も彩る花も何もなかった。ただ、七人の剣議員の手で、運ばれていくのである。先頭は老騎士。横をアルクロル。最後尾をドノバ。棺の中には、ヒュンド。
 暗殺であった。
「まずいね」
 特別な許可を得て、ヒュンドの暗殺された自室を検分するリーヴットが、イレオニルトに言った。
「この手紙、おそらく私と別れた後に書き始めたんだろうけど、読み限りでは、配下の者に宛てている。きっと、アメレシアへ剣を搬送するように書くつもりだったんだろう。だけど、そこへ至っていない」
 二人は部屋を見回したが、あるのは飾り物の剣や鎧と、おびただしい血痕だけだ。
「持ち去られたか」
「おそらく」
「しかし妙だな。狙いはヒュンドだったんだろう? あの男はアメレシアと手を結ぶつもりでいたのだから、消されるのは納得がいくことだが、何故剣まで持ち出す? 普通に考えれば、逃走の邪魔になるだけだ」
「いや、彼ならやりかねない」
 リーヴットは心得ていた。
 ヒュンドはサノンコルトで二番目に腕が立つ男であるが、昨日の昼に遭遇したあの暗殺者なら、刹那の間に息の根を止め、蟻ほどの気配も漏らさないまま、金品を持って逃走するぐらいわけもないだろう。ヒュンドにとって、あの四本はアメレシアの信頼を得る大事な届け物だ。誰の眼から見ても貴重品に映るようなくるみ方がされていたに違いなく、知らなくともそれに眼をつけるのは自然なことだ。
「何か知っているなら、説明してくれるか?」
 もっと早く伝えておくべきだったと悔やみながら、リーヴットは昨日のことを洗いざらい話した。昨日の出来事がもう半分だったのなら、伝えられたのにと。
「いや、下手に首を突っ込まなくて正解だ。俺達は政治の旅をしているのではない。そもそもサノンコルトに長居したのが過ちだったのだ。俺が負けさえしなければ、な」
「……どの道こうなっていた気もするよ」
 ヒュンドがアメレシアに援助を求めた時点で決まった彼の暗殺計画だったというのならば、リーヴットが危惧しようとしまいと彼の手にかかっていそうなものだ。逆に考えれば、これが示しているのはつまり、アメレシアと結託されては困るというリュティードの意思になる。
 とにかく、貰う予定だった四本はリュティードへ持ち去られた。
「リュティードへ向かおう、イレオニルト」
 リーヴットが声を上げた。
 上手くすれば剣議の八本と合わせた十二本を手にすることが出来る。リュティード自体にも、求める剣が眠っているはずだった。戦いの多い国ほど、眠る剣の数の増えていくものなのだから。
「後、一年と言ったな」
 イレオニルトがゆっくりと言う。
「ここからリュティードへどの程度だ?」
「まっすぐに目指せばひと月。最悪を考えてふた月」
「内乱を起こすのに、最悪三ヶ月とすると?」
「残り半年あまり。アメレシアへの帰路を含めれば、余裕は二ヶ月。その間はリュティード中の剣を集める」
「日は足りるな。だが、どう危険を回避する?」
「これまで通りにやれば、不可能はないと私は信じるよ」
 イレオニルトには何か別の考えがあるらしく、素直にリーヴットの意見に従わなかった。ただ、しきりに頷いている。まるでりーヴット本人を吟味するように。
「よく分かった、リーヴット」
 その次を言おうと、息を吸ったところで、イレオニルトが固まった。アメレシアのときのように、リーヴットが彼の動きを止めたわけではない。ただ、あまりに不自然に、イレオニルトが発言を制して、止まったのだ。
「イレオニルト?」
 リーヴットの呼びかけは、彼の耳には届いていなかった。彼は彼で、リーヴットの聞き取っていない別の音を追っていたのである。
「部屋へ戻るぞ。支度だ」
「え?」
 直後、聞きなれた濁音が響いた。
「こんな時に……」
 はなはだ迷惑そうにリーヴットがつぶやいたが、ヌルはその名の通りに邪魔者なのだ。どこへでも割って入る。
 耳障りな音が共鳴し合っている。数は多そうだった。しかし、サノンコルトの兵士達も、ヒュンドの葬儀を中断し、既に武器を手に階下へ下っている。武器を持たぬ町の人間達は、既に戸を閉ざして難を逃れているらしかった。イレオニルトは階段がうっとおしくなって二階から飛び降り、リーブットは浮遊し、着地した。
 濁音が迫っている。ヌルの大群は南からサノンコルトの城に迫っているようで、危機を伝える馬の嘶きが聞こえてくる。
 グングニルを抜け出した先には、南の塔の持ち主であるアルクロルが立っていた。
「ご苦労だが、主らは客人。ここは我らサノンコルトに任せてくださるか?」
 彼の言うことはもっともだし、不足があるわけではないが、リーヴットは譲れなかった。ヌルは正しく対処しなければ、その場しのぎになってしまうだけなのだ。大聖堂の儀職者・イナレフとして不浄の魂を滅してやらねばならない。
 しかし、物言いをしようとするリーヴットの背をイレオニルトがつかみ、グイと引っ張った。無言でグングニルへ引き返そうとしている。
「何をするんだ」
「聞け。ここで討議しても意味が薄い。それよりも向こうが足止めをしてくれると言うなら、お前は高みから浄化するのに徹すればよいことだ。半分は浄化し損ねるだろうが。手間は省ける」
 ことのほか冷静なイレオニルトに、リーヴットは感心した。
 実は、イレオニルトにとって、ヌルの存在はあまり重要ではなかったのだ。あの時彼が察知していたのは、聞きなれたヌルの濁音ではなく、もっと危険な音だった。
 シャー、シャーと剣を研ぐような金属音。
 リーヴットはまだ気づいていないようだが、先ほどから聞こえるこの音はどんどん近づいている。方角は北。兵士達の気は南に向いているため、これに気づいているのはイレオニルトを除いて他にいない。さらに悪いことに、北は今や無人のヒュンドの塔である。
 イレオニルトはグングニルから渡り廊下を経てヒュンドの自室へ向かい、北へ向けて開け放たれた窓から顔を出した。
 先ほどは音だけで姿を確認できなかったが、今は確実に見える。羽ばたく度に生じる金属の擦音も着実に大きくなっている。
 刃のうろこを持つ魔竜、ウィストア。
 アメレシアならば、間違いなく討竜隊が出撃する。
「なんていう大きさだ」
 リーヴットが漏らした。
「ああ。町で戦っては死人が出る」
「どうする?」
「俺はもう決めている」
 突然イレオニルトが向き直った。
「リーヴット。リュティードへは貴様一人で行け」
「何を……?」
「俺はノークトームへ向かおう」
 ノークトームはここから北西へ向かった進路をとる事になる。リュティードとはほぼ逆の方角だ。イレオニルトはこの先単独行動を取り、より多くの剣を集めることを狙っていた。
「それは無謀だよ、イレオニルト」
 リュティードが危険なことは先ほどから言っていることだ。ノークトームはと言えば、もっと危険だと言ってよい。世界的に見れば、ノークトームはちゃんとした革命の後の国であるが、治安は悪くなく、新政府がそれなりに働いている。しかし、行方の知れない“D”はノトロシアの人間だ。当然その辺りに潜んでいる可能性が高い。というより、ノークトームは“D”の領土にあるようなものである。
「君は、それを分かって言っているのか?」
「承知の上だ」
 凛として、そう答えた。
「愚かだよ」
 リーヴットはそれだけ言うのが精一杯であった。
「貴様が腹を立てるのも無理は無い。ノークトームは予定から外していたのだからな。だがな。現状、どうだ? 剣は未だ十五本。それも5ヵ月でだ。残り一年で、百に届くと思うか?」
「分かっているさ。何処かで荒稼ぎをしなければならないことぐらい。けれどね、ノークトームは危険すぎる。誰より、君がそう言ったんじゃないか」
「ああ。言った。言ったからこそ、破ることが許される」
「無茶苦茶だよ」
 窓から放り出された二人の視線の先で、ウィストアが徐々に大きくなっている。
「俺は思うのだ。リーヴット」
 イレオニルトが物語るように言った。
「遅かれ早かれ、ディーサイド・トゥレムニアとは決着をつけねばならない。奴は永遠に生きるすべを知っている。今世で俺らがレリクスを葬ったとしても、奴は繰り返す。ならば、俺が生きているうちに、奴を止めねばならん。この世に残った、ただ二人のダークロードの一人として。」
 リーヴットの心境で、心細くなるという感情は多くを占めなかった。むしろ、彼のノークトームへ踏み込む勇気に答えねばという、気概が沸いて来ている。しかし、互いの旅路の頼りなさがあまりに大きく、視界をふさいでいた。下手をすれば、どちらかが生還できなくなるようで恐ろしい。こういう時ばかりは、運命という言葉を信じる気にはなれない。『彼はあそこで死ぬ運命にあったのだ』という結末は、あってはならないのだ。
 リーヴットは悩んだ。
 イレオニルトは「俺はもう決めている」と話始めたのだから、今さら引き止めても無駄だろう。それは良く分かっているのだが、決断して良いのかが分からなかった。
 悩んだ挙句に、かすれかけた声で言った。
「ここで分かれよう」
 頷くイレオニルトに、すがるように続ける。
「けれどその前に、あれをどうにかしなければいけない」
 ウィストアはサノンコルトへ向け、降下を始めている。まるで誰かに指示されているかのように、動作を乱すことなく。
「あれなら俺に任せておけ」
 イレオニルトは何か策があるらしく、ニヤリとした。
「そうは行かない。私も手伝おう」
「いや。一人の方が都合がいい」
 その理由を、何故だとは聞かなかった。
 リーヴットは、自分はイレオニルトの実力を把握している気がしていただけだったと思ったのは、この時だった。今まで見てきた彼が、人として屈強な人間だと言うのなら、これから彼が発揮しようとしている真価はダークロードとしての強さだろう。リーヴットはイレオニルトの強い闇を帯びた瞳孔に、寒気を覚えたのである。
「貴様は早く、ヌルを浄化しろ。そのためにイナレフの力を手に入れたのだろう?」
 それは、旅立ちの頃にイレオニルトに話した、リーヴットの生い立ちである。イナレフに成れば、効果的にヌルを浄化できると知って、ド・ルーゲオから非難を浴びながらも転身し、色々あったが、今に至っている。この際、そんなことはどうでもいいとして、リーヴットには、イレオニルトが「俺にはかまうな」と言っているように聞こえた。
「では、お互い、幸運を祈ろう。今更だがな」
 イレオニルトと、リーヴットの肩がすれ違った。
「イレオニルト!」
 遠ざかる彼の背に声を、振り向いた彼に剣を投げ、リーヴットが言った。
「これは?」
 受け取ったのは、片刃の剣であった。
「双剣だよ。君にはまだ見せていなかったろう?」
 剣の似合わないリーヴットが、双剣の片割れを持って立っている。
「何の真似だ?」
「この剣は、二つで一つ。歴史では元々一つだったけど、二つに分かれた時に戦いが起こった。戦いの中で、一つに戻っていたら、戦いは終わっていただろうけれど、そうはならなかった剣さ。それを、私が今二つに裂いた。戦いはもう始まっているけれど、これが再び一つに戻る時、きっと、きっと終幕の兆しが見えてくるよ」
 その時は、ウィストアもヌルも、二人の頭から忘れ去られていた。
「アメレシアでこれを一つに。それだけ誓って欲しい。でなければ、私は安心してリュティードにはいけない」
 ふっと、イレオニルトの笑う顔が見えた。
「アメレシアで待っていろ」
 それだけ言うと、あとは見向きもせずに部屋を飛び出していった。
 リーヴットの手の中では、再び片側だけになってしまった双剣が、さびしそうにいる。しかし、干渉に浸っている暇はなく、リーヴットはすばやく剣を収め、肩にくくりつけてある杖を手に取った。急ぎ足でアルクロルの塔へ向かい、その中腹のテラスから、南を一望する。
 ヌルの群れは今まで見たことのないぐらいに膨れ上がり、街路を黒々と埋め尽くしている。増したからおびただしいほどの騒音が地鳴りを伴って響き渡る。異常と言えた。
 前線にサノンコルトの<砦>はいない。小さくてはっきりとは確認できないが、若いドノバの部隊が戦っているようだ。黒の数は見た限り数千。
 リーヴットは余した方の手で、懐中を探り、ロッドと言うには短い、金属性の棒切れを取り出す。それは、ド・ルーゲオの力を引き出す鍵のような物だった。
 片手に握った杖は、イナレフの物である。
 デュスペリックの真価を発揮するのは、実に数年ぶりのことだ。力を誇示するようで好きではなかったのだが、今までイレオニルトに甘んじていた自分にけじめをつけるために使う気になった。
『我想うは底知れぬ影、幼き闇。我望むは高らかな陽、母なる光。かの扉、強固として塞がらば、黄泉の壁、永遠として天を貫き、汝らの魂、無音の世界へ封じ込めるであろう。我の放つ聖なる炎と、深遠の焔を口火として、汝ら御世より滅せよ』
 リーヴットの呪文の復唱が長々と始まった。
 後々の話では、この詠唱が続いていた間、サノンコルトの者達はえも知れぬ悪寒に襲われ、剣を持つ手が震えたのだと言う。
『汝ら、焼失せよ』
 その一言が、全てであった。
 サノンコルトを覆う全ての黒が、赤へ変わり、灰へ変わった。
 剣を振るっていたサノンコルト兵の多くは、何が起こったのか分からないまま、呆然と立ち尽くしている。その中で、塔の真下にいたアルクロルだけが、一部始終を見ていた。
「これが、デュスペリック……」
 魔法と言う者に触れる機会の少ない者でも感嘆したようだった。
 リーヴットは額から吹き出る汗も構わず、北のヒュンドの塔へ向かった。まだ、北へ動き出す兵士は一人もいない。終わったのか、これからなのか確かめるべく、走った。
 北の空は閑としていた。
 先ほどと異なるのは、雲の量ぐらいであった。
 イレオニルトの姿もどこにもない。
 ヌルが去ったことで、ポツリポツリと人が町に出始めていた。
 リーヴットは杖と短いロッドを元に戻し、ふたたび双剣の片割れを引き抜いて掲げた。
(アメレシアで会おう。イレオニルト)
 声には出さずにつぶやいた後で、リーヴットは人知れずサノンコルトを後にした。

続く