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神代の子 ―守―

三.

 波織の寝所の床下に音もなく戻った錆丸は虚ろだった。頭の上に文継の死が重くのしかかっている。
 こうなると一番真似たいのは、二の姫様とともに行方をくらました二ツ影朽丸の行動だ。しかし、朽丸は国を捨てて逃避行に走ったわけではない。今の下津留の事情を知っていたなら話は別だが、少なくとも行方不明になった時は何も知らなかったはずなのだ。朽丸は単に主に従ったに過ぎない。
 返って、錆丸も同じように波織を連れてどこかへ逃げると、それはすなわち下津留の国を見捨てることになる。字川の国にも追われる身となり、自分はまだしも波織に申し訳が立たない。
 文継を始末する前に波織様に報告しようか、と逃げるように思う。実際、事の顛末に一番左右されるのは他ならぬ波織だ。一言告げておいた方が良いかもしれない。するとどうなることだろうか。まず、波織は錆丸を止めることだろう。そして、きっと文継に告げる。文継は不信に思うに違いない。波織を疑わなくても、誰が吹聴したのかと探りを入れるはずだ。波織は錆丸の存在を明かすだろう。一度決断しかけたことをもう一度決断するのは至極簡単なことだ。影人の存在が字川に漏れたら、例によって文継は他の廃れ者によって消されるだろう。錆丸が自身の手を汚さずにすむとはいえ、波織にとって酷なだけだ。下津留に帰った後に影響が出てしまう。こればかりは、知らぬが仏なのだ。
 結局、自分が黙って文継を殺めれば、下津留の行く末も波織の御身代も保証される。波織は悲しむだろうけれども、下津留に帰り、女帝としての役割がもたらされれば、忙しさが彼女を癒してくれるはずだ。それに、頭領は資質があると言っていた。錆丸もその言葉は間違っていないと確信している。このまま第二王子の正室として生涯を閉じるには惜しすぎる才覚の持ち主なのだ。錆丸自身も、我欲の一端ではあるが、波織女帝という姿を見て死にたい。
 死にたい――。唐突にその言葉が浮かんで、錆丸はハッとした。今に始まらず、昔から不意を突いてそんな言葉が出てくる。
 波織がこっそり渡してくれる書物のおかげで、錆丸は廃れ者の中では珍しい識字者だ。誰よりも言葉を知っているはずなのに、出てくるのは苦しいと悲しいとか、妬み、あざけり、憐れに、死という陰のあるものばかりだ。暗がりばかりに居るせいだと思ったこともあったが、たまに日に当たっても同じことを考えるのだから、これはもはや性分なのだろう。唯一、そうした考えから解放されるのは、波織を視界に捕らえた時だけなのだ。
 その意味で、下津留に光が必要だという頭領の言い分は間違っていない。錆丸の真上で寝息を立てている波織と言う光は、ここではなく母国にあるべきに違いない。錆丸に任された役目の重要さは疑う余地のないものだ。
 情というものを、温泉に例えた者がいた。一度浸かると気持ちのいいもので、いつまでも居たいと思う。しかし、いつか必ず出なければならない。そこに留まり続ければ、やがて溺れ死んでしまう。まさに錆丸は、今行動しなければならないのだ。信じ合い寄り添う男女の絆を立つのは心苦しいが、その情に溺れていることは許されない。文継に抱いた、憐れという五つ目の感情を捨てるべきだ。元々、主の夫という以上のつながりはない人間だ。
 文継は波織の隣で寝ている。今すぐに床板の隙間から刺し殺すことはできるが、それは急ぎすぎだ。波織の隣で文継だけが殺されていたというのは考え物だからだ。文継が一人でいる状況を狙わねばなるまい。そして、いざ手をかけるときには、侍所に詰めている二人の武官を倒して、外から入り込んだと見せかける必要がある。
 あるいは、波織をうまく誘導したうえで文継を眠らせ、火を放つか。いや、それではなおさら波織に対する疑いが強まる。
 そう考えてから錆丸は、どのみち波織が下津留の国に戻るならば、むしろ疑われた方が良いのではないか、とも思案した。
 文継の死に関して、非の打ちどころのない潔白な状況が波織にできあがってしまうと、入部家は波織を後家として置き続けることになり、それでは波織を連れ戻そうという下津留の目論見はふいになる。それを考えると、波織には申し訳なくとも、多少の疑惑を背負ってもらう方が事が運びやすい。
 それならば、どのような工作をすべきだろう。文継を仕留めつつ、入部家に疑われるような状況とはどうしたものだろう。それを考えるうちに錆丸の思考は再び脱線した。どのような手段をとろうとも首謀者が自分だと知れたら、波織様は許してくれないだろう。主の夫を殺すことに躊躇いはないが、主に嫌われるのは胸が痛む。
 諦めよ、錆丸。これも役目なのだ。波織様の影人としてではなく、下津留の廃れ者としての役目なのだ。
 自分に言い聞かせながら、錆丸は目を瞑った。思考を止めて寝に入ったつもりだったが、そのまま夜明けを迎えた。

 一晩いろいろと考えたが、波織が文継の亡骸を発見することが一番酷に思えた錆丸は凶行の場を外に求めることにした。なにしろ波織が入部家に嫁いで四年も経っている。普段の行動はもちろん、文継が厠に行く頃合いすら錆丸には分かっていた。しかも、秋に入ってから文継と行動を共にする武官が一人少ない。どうやら文継の兄に子供が生まれ、間引かれたらしい。入部家に仕える武官の人手が足りていないということなのかは分からないが、二人が一人になったというのは錆丸にとって好都合だ。
 文継の日課は、書蔵にこもって書物を整理することだった。若君と言う身分で、務めと言うものに縁がない文継は、書蔵で朽ちかけた書物を新しい紙に写し取ったり、目録を作ったりして過ごしている。
 その書蔵は御所にあり、文継は波織と住む屋敷から出向かねばならない。文継の父帝と長兄には、帝位に就く者と継承する者として御所に寝所が築かれているが、文継を含むそれ以外の嫡子は、元服を済ませると御所の外にある屋敷に追い立てられる。言うなれば、次兄以下は「入部」と言う名の一貴族に過ぎないのだ。これは、次兄が床に入った長兄を刺し殺したという後ろ暗い字川の歴史を顧みてのことらしい。
 毎日たがわずに御所に出向く文継と一人の武官の足元から延びる影にくっついて、錆丸も屋敷を離れた。必然的に波織を屋敷に置いて行くことに一抹の不安はあったが、武官がまだ一人残っているし、世話をする下人もいる。長兄に子供が生まれているからには、次兄の――まして子供のいない――奥方の命など、狙う者はいない。
 二人の後をつけ始めた錆丸はすぐに違和感に気付いた。
 文継と武官の距離が離れている。身分の違いこそあれ、以前は文継が親しげに話しかけ、肩を並べるほど近くに歩いていたはずだ。しかし今は、ちょうど槍一本分の距離がある。それはそのまま二人の心の距離に通じているのか、文継と武官は一言も言葉を交わさなかった。屋敷の外で文継を監視するのは久しぶりの事ではあるが、ここまで会話のない男だった印象はない。
 たしかに秋以来、文継の口数は波織に対しても減っていた。時期を考えると甥が生まれたことと何かしらの関係があるのかもしれない。
 錆丸は枯葉を避けながら二人の後を付け、人目につかないように書蔵の屋根裏に忍んだ。
 扉が南向きに一つしかなく、たいていは文継が入り浸っている書蔵は、さすがに下へ下りるのが難しく、どのような書物が収められているのかは分からないが、数の多さと中の雑多さは天井裏からでも窺い知ることができる。
 そもそも書物の文化は、字川が発祥と言われている。薄く剥いだ樹皮に文字を刻んだのはこの国が始めであり、字川の“川”は本来、“皮”という文字が充てられていたそうだ。それが真実なのかは定かではないものの、字川の風土は確かにその文化を支えるのに適している。傾斜がきつく、川の水が滝のように流れる土地は農業を諦めた分だけ木々が育ち、紙の基となる白樺が余すところなく生えている。そのおかげで、字川は紙の製法に長け、交易において好まれる上質紙を配していた。とりわけ極上と評される字川紙は、どんなに穂先がすり減った筆でも、赤子の肌に水を這わせるかのごとく滑らかに書けると評判らしい。
 そんな字に密接な文化が背後にあって、入部の一族は“文”の字を名前に受け継ぐ。文継の兄は新文といい、父は芳文で祖父は文重。曾祖父に至っては文文と書いてアヤフミだったそうだ。
 さらに字川は、歴史の長い国でもある。上下の分裂も含めた下津留の帝が、ようやく十代目に差し掛かったというのに、字川は三十を超えている。何度となく飢饉に襲われた国の歴史が、一代あたりの任期を縮めたにしても三十人は多く、諸国でも類を見ない。
 それらの文化と歴史が字川の書蔵を豊かにさせているにしても、これほどの書物をどこからかき集めたのか疑いたくなるほど、書蔵の中は大量の紙で埋め尽くされていた。
 文継が書蔵にいる間中、武官は扉を守る。秋口までは二人の武官が交代で立っていたが、一人になってからはそれもない。武官がどうしても離れる場合には、不思議なことに文継が武官についていく。普通の貴族ならありえないことだ。
 いずれにせよ、書蔵にいる文継は狙いやすい。ただ、問題なのは理由がつけづらいことだ。
 試しに、貴重な書物を狙って忍び込んだ盗賊が文継ともみ合って殺したという話を考えてみる。しかし、雑多に置かれている書物が示す通り、そこには忍びこむほどの価値がある財宝が眠っているとは思えない。それに、同じ建物の二つ隣の部屋には入部家に献上された宝物が収められているのも、尚よろしくない。かといって、宝物庫とまとめて狙うにしては、あちらの方が警護が固く、やっかいだ。もう少し季節が過ぎ、火の気がなくては過ごせないほど冬に近づいていたのなら、火の不始末として燃やすこともできるのだが。
 どうにもできないようならば、今日の帰り道に武官とともに暗殺して死体を隠すという手もある。それには襲撃する場所を決めなければならないが、一番手っ取り早いのは確かだ。ただし、武官の死と言う巻き添えに目をつぶることができればの話だ。
 結局錆丸は、意気地がなくなって、今日一日を様子見と定めた。
 観察している中で錆丸は、やはり文継ぐの様子がおかしいことが気になった。
 文継と武官の立ち位置は以前と変わっていない。書蔵の中に文継が入り、武官は扉の外に立っている。気になるのは文継の振る舞いの方だ。以前は書蔵に置かれた一つの机に向かったら、読みふけるか書きふけるかだったのに、今日の文継は何かに取りつかれたようにして書蔵の奥に重ねられた書物を物色している。終始下を向いたままで表情が分からないが、書蔵の荒れ具合を見ると、昨日今日で始めたことではなさそうだ。
 もう少し近くで様子を見ようとした錆丸は、右手を梁から離したところで静止した。嗅覚でも聴覚でもない、第六感が人の気配をとらえたのだ。大仰な武官の気配ではなく、水に浮かぶ塵のように、よくよく注意しなければ気付くことのない気配が、外にある。
 錆丸は既にひそめている息をさらにひそめた。呼吸を止め、心臓の音すら消さんばかりだ。
 外の気配がわずかに動く。それ合わせて錆丸も、足首に据えた<くない>に浮かせた右手を伸ばす。
 外の気配がさらに動く。どうやら、遠ざかっていくようだ。気配が完全に失せた後で、錆丸は右手を梁に戻した。
 今のが誰であったのか。追えば正体を知ることができる。が、危険も大きい。曲者の動きは、まるで錆丸を誘うようでもあった。
 その場にとどまって少し思考を働かせてみるものの、思い当たる人物はいない。入部家に属する忍びの者は、錆丸たちに比べれば格が下がる。今の曲者ほど上手く息を殺すことはできないだろう。同じ動きができる下津留の廃れ者にしても、ここへ来る意味はないはずだ。字川でも下津留でもない第三の国として真っ先に上津留の分家が浮かんだところで考えるを止めた。今率先すべきは頭領の命令だ。それ以外のことにかまけている余裕はない。
 眼下では文継が変わらずに書物の山をあさっている。そのうちに一冊の書物に目を止め、その場に座り込んで吟味を始めた。少し歩けば卓があるというのに、昔の日記にふける老人のようだ。
 文継が動かなくなって四半刻(約三十分)ほどは錆丸もしっかりとしていたが、それを過ぎたあたりから急に眠くなってきた。意図せず夜を明かしたことが原因なのは言うまでもない。
 文継を見張っているわけではない錆丸は、聴覚だけを現実に残して、まどろみに乗じた。

続く