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神代の子 ―守―

十三.

 祭儀場に乱れて吹く真冬の風が、錆丸の耳には潮騒のように聞こえる。波の音が一つ一つ通り過ぎるたびに、錆丸をここへ導いた者たちの顔が浮かぶのだ。納メ式を前に戒羅の口上を述べる宮司の声は、いつもに増して耳に入らなかった。
「以上の詞を、今日、師走の月七日の納メ式に捧ぐものとする」
 最後の一言を述べた宮司に一同が頭を垂れると、まず名賀糸蘇が静かに庵へと歩き始めた。
 糸蘇に付いて歩き出す間際にちらりと壬生を見ると、禍差を手にして鬼手の配置へ向かっていく男は、もはや壬生ではなくなっていた。無言でも着替えを共にした男はどこかへ失せ、そこにいるのはただの狂気に人生を歪めた男だ。錆丸は、男の縮こまった背中に半ば軽蔑の目を向けた後で、庵に向かって歩き始めた。
 姫守として戒羅に出るのは二桁を数え、神代から偽姫まで様々な贄姫を守ってきた錆丸は、そのたびに検分してきたわけではなくとも、贄姫を務める者が多岐に渡っていることぐらい熟知している。中には見た目は美しくとも戒羅がなんであるかを分かっていないような女もいた。その女はまた、香の匂いもきつかった。贄姫たちに共通しているといっていいのは、その香の匂いだ。纏っている匂いは様々でも、必ず内裏の奥で香を炊いてくる。それが風習なのだろうと思っていた錆丸は、今日になってそれが誤りだったことを知った。糸蘇からはなんの匂いも漂わない。
「不思議か?」
 鼻を利かせているのに気が付いた糸蘇が、自ら聞いてきた。不思議な美声で男のような喋り方をするという村雲の評判は嘘ではないらしい。
「いえ。失礼をいたしました」
「よい。……以前、私の体から香の匂いがすると、葬儀じみて縁起が悪いと誹(そし)られた。以来、香は炊かぬ。それだけのことだ」
 錆丸は軽くうなずいて返事をとどめた。これが名賀糸蘇との最初の接近なのだ。ぐいぐいと押し入っては怪しまれる。今日はあくまで受け手として、言葉を交わすに留めなければならない。五感を研ぎ澄ませて生きてきた錆丸が、わざと鼻を利かせるしぐさをしたのも、糸蘇からの言葉を引き出すためだ。
 庵に足を踏み入れながら、糸蘇が言った。
「錆止殿。そなたの命は、この私が必ず救う。存分に戦うがよい」
 これも頷いてやり過ごすことは考えたが、錆丸は「ありがたきお言葉。されど、拙者は、自らの力で打開いたします」と答えた。これはただの意地だった。
 澄み渡る初冬の空を埋め尽くすように大太鼓が轟く。糸蘇の読む経を後ろに、錆丸は祭儀場に敷かれた砂利の上を歩き出した。
 下津留を出て戒羅に挑むに当たり、錆丸は一つのことを決めていた。それは、武家らしく戦うということだ。戒羅には飛び道具を縛る規則はないのだから、得意の<くない>で鬼面を突くこともできる。しかし、錆丸は旅すがらの野武士としてこの集落に紛れ込んでいる。そのためには戦い方も変えなければならなかった。
 もっとも、<くない>について言えば、壬生相手には無意味だった。壬生が身に着けている鬼の面は木の下に鉄が仕込まれているからだ。それは単に、戒羅の最高潮を簡単にひかせないように櫓の連中が考えたものだが、普通の戦い手なら鉄の重みで頭がふらつくところを壬生は平然と身に着けている。今日までは壬生の持つ刀の狂気がそのようにさせているのだと思い込んでいたが、正装に着替えているときに見た壬生の首は不自然に太かった。猫背なのは確かでも、後ろ首の筋肉が隆起していることも確かだった。
 その壬生は太鼓の音と同時に禍差の鞘を抜きはらい、盗賊のような抜き足でこちらに向かってくる。
 対する錆丸はまだ抜刀すらしなかった。見物席から見下ろしている者たちは意外に思ったことだろう。錆丸はこれまで、正眼から受けの剣で戦ってきている。今日になってそれを止めたのは単純な理由で、正眼で壬生に挑んだ者はことごとく妖し刀の餌食になっていたからに他ならない。壬生本人が小物でも禍差は侮れないことぐらい、錆丸は百も承知だ。真っ当な姿勢で真っ当な侍のふりをして戦うのもを相手を選ばなくては仇となる。
 壬生との距離が半分になったところで、錆丸は太刀を帯から外して鞘ごと持った。禍差に対抗するために特別にあつらえた鉄製の鞘が平衡を欠いていて、歩に合わせて上下に揺れるのを嫌ったためだ。手に取ったら取ったで、刃二本分の重みのある鞘が錆丸の左腕を支配してくれる。刃を交える瞬間まで刀を抜かないつもりでいたが、錆丸は左右の平衡を求めて刃を抜かざるを得なくなった。
 錆丸の愛刀は一尺八寸(約五十四センチ)で、白波刃文石切(しらなみはもん・いしきり)と銘打たれている。侍として振るまうに当たって都の行商から買ったもので、名前からすれば石を斬ることもできそうなものだが、名刀なのかどうかは錆丸の知るところではない。錆丸の過去を知る者からすれば、これ選んだ理由が明け透けだろうと思うと少し気恥ずかしくもあったが、選ばずにはいられなかった一振りだ。
 こちらが刃を立てたのを見て、壬生が脚を早める。今度は錆丸も同じようにして、二人の距離は一気に詰まった。
 互いの接触を遮るものは何もない。あるとすればそれは一抹の恐怖心だが、錆丸はそれも随分昔に捨て去っている。
 二人の得意とする間合いが点で接した瞬間に、壬生の剣は急浮上する鷹のように、足元から錆丸の首をめがけて跳ね上がってきた。
 普通なら刀で受けるところを、錆丸は左手に持っていた鞘で受けた。
 ぶつかった鞘から鍔迫り合いのような音が鳴ったことに、壬生は相当驚いたことだろう。時には刀すら斬り捨てる禍差なのだ。きっと鞘を斬ってしまうつもりでいたに違いない。
 しかし、驚いたのは壬生ばかりではなかった。錆丸の鞘もまた、禍差の勢いを抑え込むことができずに、弾かれてしまった。ただ、それでも鞘を盾の代わりにすることに問題はない。そのように理解しかけた錆丸は、壬生の口元がなおも笑みを讃えていることに気付いた。すぐに身を引いて確かめると、鉄の鞘には見事に断面がある。人の腕に例えれば、骨まで達している金創だ。
 一体どうしたらそのような太刀が鍛えられるものかと思う。同じ鉄同士でさえ、簡単に相手を負かせてしまうとは想像をはるかに超えている。禍差は、持ち手を狂わせる呪いを踏まえても、“優れもの”では済まされない切れ味を持っているということだ。それなのに禍差を鍛えた者の名は聞いたことがない。これほどに名の知れた妖し刀なら、なおのことその成り立ちが言い伝えと一緒に広まってもいいものだ――と、禍差のもつ歴史が気になりはしたが、すぐに頭から消し去って、錆丸は再び壬生と相対した。
 これまでに遠目に観ていて、また、今日間近に見て確信したことがある。壬生の太刀捌きには、剣術や剣法といった、ある一定の基盤の上に成り立つ言葉が感じられないという事だ。かみ合わせの悪い歯車のように、時々次の手に戸惑って流れが止まる。確とした師のもとで剣を学んできた者と、そうでない者の差だ。
 壬生の手にあるのが禍差でなければ、その隙を突くのは容易い。もし手早く反応されたとしても、競り合いに持ち込めば難を逃れることができる。そのためにこそ錆丸は鉄の鞘を持ち込んだわけであるが、切れ味を知った今、競り合おうという気もしなくなった。四肢を失わずに勝利を収めるには、刃を交えない状況を別の手段で生み出さなければならない。
 そうして一人の姫守と一人の鬼手の少しの距離も詰められない戦いが始まった。けん制し合って飛ぶ二匹の燕のように、青い二本の刃が空(くう)を裂く。
 この勝負に一度の偶然で決着をつけることができる者がいるとするなら、それは刹那の神に愛された者か、煉獄の鬼と契った者だけだろう。錆丸はそのどちらでもない。顔の知らない母から生まれ、影人として闇に生き、廃れ者として国に尽くそうという戦い手に過ぎない。いわば、明日の運命を己の手で切り開かねばならない身だ。そして、その点は壬生も変わらない。禍差を手にしてこそ一人の戦い手としてこの場に居られるが、手を空にしてしまえば張り番にいびられる小男に過ぎないのだ。常に、勝者とは時の流れの中に機を見出した者のことで、敗者とは流れに置いて行かれた者のことでしかない。この、燕が行きかうだけの情景に流れを見出し、それを捉えた者だけが勝者と呼ばれる資格を得ることができる。
 錆丸は、その機微に敏感だった。
 空振りを続けている内に気が付いたのだ。初冬の陽が西の空を一気に下り、目に入る高さに近づいてきたことを。
 わずかに、壬生の目が細まっている。錆丸の右肩に見え隠れする日の光が邪魔になっているらしい。
 錆丸が右に半歩踏んで日を隠すと、壬生の目が元に戻る。そこからまた、左に半歩移ろいながら、袈裟切りを打つ。すると再び目を細めた壬生の反応は、先ほどよりも一瞬遅れていた。
 ここだ――。
 攻め所と攻め時が重なっている。これを好機と呼ばなければ、他に何がそう呼べるのか。
 錆丸は再び太陽を背負った。壬生はその意図をどことなく察したのだろう。少しだけ顔を強張らせ、次に太陽が錆丸の右から出るのか、左から出るのかを見極めようとしている。
 考える隙を与えてはならない。
 錆丸は壬生の考察が結論に行き届く前に、動いた。
 一弾指に六十五刹那。一つ指を弾く間に存在する六十五の刹那のうち、たった一つ分だけ、錆丸は壬生よりも早かった。
 後れを取った壬生は錆丸の袈裟切りを予想して禍差を合わせたのだろう。本能的に先ほどの残像を追ったのだ。しかし、錆丸の白波刃紋石切は袈裟切りから少しずれた軌道を描き、壬生の小手を狙って走っていた。
 「あっ」という音が壬生の口から洩れる。同時に、禍差をつかんでいた右手の親指が落ちて、足元の玉砂利に混ざった。
 壬生が蹄の折れた馬のように、バタバタと二歩三歩後ずさる。
 錆丸はすぐに追い打ちをかけようとしたが、すぐに禍差をこちらに向けられて、踏みとどまった。
 右手から血を流しながらも、壬生は構えを解こうとしない。安定を欠いた禍差はグラグラと揺れて夕日を跳ね返し、散乱する光が目に障る。
 まだ戦うつもりか、と錆丸は驚いた。
 目の前の男は控えの間にすんなり入ることもできない臆病な男だったはずだ。禍差が彼を駆り立てているにしても、骨を断たれた激痛に自我を取り戻しておかしくない。それなのに、この意地は何から生まれているというのか。
 見物席から壬生の手傷を視認できないだろうが、形勢に変化があったことに気付い立者たちが騒ぎ始めている。ざわつきは次第に大きくなり、鬼手の頂点に立つ男がついに敗れる時が来たと興奮する者も出始めた。誰もが歴史の生き証人になったような高揚感を抑えきれずにいる。中には、錆丸の名前を叫ぶ者もいるほどだ。周囲の人間にとっては、戒羅はもはや祭儀などではなく、見世物に過ぎないことを証明するような声だ。
 錆丸にとってもそれは同じだ。戒羅という祭儀に参加することに対して価値など何一つ見出していない。下津留の廃れ者にとって、これは斐川法家と名賀家を探るための機会なのだ。
 壬生を討つ。討って次の鬼手の頂点に名乗りを挙げる。櫓は錆丸をないがしろにできないはずだろう。なぜなら、壬生が倒れたままになれば、強敵を倒すという戒羅の興が殺がれたままになってしまうからだ。その代役に錆丸が収まれば、この上ない。そして、それによって錆丸は禍差に、つまりは名賀家に接触する機会を得られる。それこそが五年もの歳月を費やして戦い抜いてきた狙いなのである。
 その機会は目の前に迫っている。どんなに壬生が抵抗しても、この男は手負いの虎にはなれない。それぐらい錆丸には瞭然だ。右の親指を落とした痛みが増してくれば、禍差も落とすだろう。
 ただ一つ。壬生の目つきが気にかかる。今の今まで、こんな眼を見せたことはなかった。錆丸が知っている壬生の目とは、控えの間で見せた怯えたそれか、あるいは禍差がもたらす狂気のそれだけだ。しかし、その狂気がが消え失せて、壬生の瞳に現れたのは錆丸のよく知っている目つきだった。下津留を後にした時に散々見かけた、あの“死を覚悟してなお勤めを果たす者の目”だ。
 大勢は決している。勝負をつけようと思えば簡単だが、錆丸は動きを止めた。壬生の覚悟の源にあるものが何かを突き止めたくなった。
 壬生の右手から垂れる血が禍差の柄を伝って玉砂利の上に垂れていく。禍(わざわい)の太刀が流す紅い涙は、そのまま壬生の苦痛のようにも見える。
 錆丸は壬生の顔を注意深く見た。口元がわずかに震えている。唇の動きを辿ると、何か短い言葉を呪文のように呟いているようだ。
 た、……め、し、……そ、さ、まの、おん、た、め――。
“糸蘇様の御為”
 錆丸はそこに己の姿を見た。と同時に庵の中の贄姫を振り向きたい衝動に駆られた。
 しかし、これ以上深入りすれば心を乱し、この大事な戦いを落としかねない。
「御免」
 短く断った後で、錆丸は壬生の右腕の腱を斬った。

続く