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神代の子 ―守―

十四.

「で、どうたった?」
 開口一番に朽丸が言った。
 壬生を破ったその日の夜。陽の赤が跡形もなくなってからさらに半刻ほど経た頃に錆丸は朽丸と落ち合った。集落から少し離れた何もない小川に場所を定めたのは、盗み聴かれるのを嫌ったためのものだ。今の時期は紛らわしい小動物の気配もなく、地面に積もった枯れ葉が曲者の忍び歩くことも許さない。さらにこの場所ならば小川のせせらぎが人の声をかき消してもくれる。まさに都合のいい場所だ。
 朽果がどうだったかと訊いているのは納メ式の結末のことだ。あの場に居なかったことは錆丸も知っている。
「勝ちました」
 端的に答えた。どのように勝ったかは、話の筋にない。
「さすが。ってことは、次に禍差を持つのは手前か」
「それはまだ何とも」
 少なくとも壬生が禍差を握ることはない。あの男はもう刀どころか箸を握れもしないだろう。何も持てなくなった右手を抱え、余生を苦労とともに生きねばならない。そのように斬ったのは自分でありながら、錆丸は酷なものだと思った。ただし、しょせんは他人事だ。
 壬生がいなくなったことで、櫓は誰かに禍差を持つ役割を任せなければならなくなった。誰かしらの敵役がいなければ、戒羅の盛り上がりに欠けるからだ。今後、錆丸に挑もうという強者がこぞって集落に現れたとしても、それは戦う者にとっての盛り上がりであって、悪鬼を倒そうという英雄譚にはならず、そこに興はない。壬生は良かれ悪しかれ戒羅に不可欠な男だった。その男が担っていた役割を誰かに委ねる必要があるのは確かなのだ。
 しかし、どうもそれは錆丸ではなさそうだった。
 それを察したのは、錆丸が壬生の鬼面を割った後で、壬生が落とした禍差を拾おうとした時のことだった。
 結末を先に言えば、錆丸は禍差を拾えなかった。壬生はいつぞやのように悲鳴を上げながら転げていたし、宮司が割り込んだわけでもない。錆丸が伸ばした手は、固い何かにぶつかって禍差まで届かなかったのだ。言葉にすればそういう次第だが、あの時の状態を目した自身には、信じがたいことだった。
「なんだそりゃ」
 錆丸の説明をどう受け取るべきなのか、朽丸は困った顔をした。
「そりゃつまり、刀が持ち主を選んでいるってことか? 禍差は手前が持つには不適格だってか?」
「いや、そうは思えませぬ」
 あの時の感触は、禍差に拒まれたというよりも、何かが禍差を護っていたような感じだった。
「じゃあ、手前はどう考える?」
「名賀糸蘇の仕業かと」
 錆丸は戒羅が終わったすぐ後も糸蘇の口元が動いているのを見逃さなかった。
 蘇生の贄姫と言われる糸蘇の口は、勝負が決しても動き続けているのが常と言える。ただし、それは壬生が姫守を殺めた場合に限られるものだ。今日の勝負には“その常”が当てはまらなかった。壬生の右手が不自由になったその瞬間に、糸蘇の役目は終わったはずなのだ。だというのに糸蘇は伏し目がちに何かを唱えていた。それからゆっくりと目を開き、錆丸と目があった瞬間に口元を扇で隠したのだった。
 当の禍差は、錆丸が糸蘇を注視している間に宮司が攫って行った。
「確かか?」
「はい」
「なら、やはり禍差と名賀家は密接に通じているという事だ」
 朽丸はさぞ忌々しそうに、はんっと嘲り笑った。
「ともあれ、あちらが壬生を欠いたのは事実。しばし、様子を見ましょう」
「……ま、それが一番だろうが――」
 また、待つというわけだ。
 朽丸が見上げた空には、そんな心情がありありと描かれている。
 錆丸自身、先を急ぎたい気持ちがある。下津留を抜けてからここに至るまでに費やした五年の歳月を無駄だったと思ったことないまでも、もう少し迅速に済ませなかったかと思えばキリはない。しかし、同時に理解もしている。誰にも怪しまれずに法家と名賀家に近づくには必要な歳月だったのだと、己に言い聞かせることができる。
 我慢が苦痛に感じられてならないのは、朽丸の方だろう。影人にとって命よりも大事な湖袖の身代が法家にあるというのは、どこからどうみても人質そのものだ。いくらなんでも、これも他人事と片づけるのはあまりに薄情だが、錆丸が当事者ではないことも事実である。
 チッという舌打ちがせせらぎを断ったところで錆丸は話を変えた。
「兄者の首尾は如何に?」
「うむ。入り込めたが、一江様のことは分からずじまいだ」
 錆丸と朽丸の二人が、この集落で戒羅の戦い手としての地位を築き上げるのと同時に試みているのが、御所への潜入だった。全ては法家に嫁いだ一の姫、一江(ひとえ)の様子を探るためだ。しかし、香治の国の御所は難関だった。
 香治の国の都はここより半日ほど南西に下がったところにあり、その都の真ん中に法家一族の住む御所がある。
 御所は一筋縄ではいかない造りをしている。入るにはまず、深さ五十尺(約十五メートル)幅三十尺強の(約十メートル)堀を越えねばならない。そのうえ御所の内部は五十尺ほども土が盛られ、その四方は二十尺の木塀に囲まれているのだから、堀を越えた先には七十尺の壁が待っていることになる。
 もちろん、出入りのための橋はあるし門もある。しかし、それらは一介の旅人が通れるものではないし、不逞の輩が通れば門の上に立つ衛兵が遠慮なく矢を射かけてくる。
 廃れ者の教えに従えば忍ぶのは夜と決まっているのだが、堀にかかる橋は夕暮れに上げられ、朝まで架からない。堀に張った水には油が浮いていて、今の時期でも氷が張ることはなく、異常に気付いた衛兵に火矢を放たれれば一溜りもないものだ。
 したがって、堀を渡るには日のある時間帯に橋を渡る他にない。渡った先の門では衛兵が目を光らせて立っているため、渡った後は堀沿いに七十尺の壁の麓を這って迂回し、日暮れを待ってよじ登るのが最も安全な策と分かった。
 手段は分かった。次に知るべきは狙い時だった。調べるうちに分かったのは、衛兵たちの戒羅に対する興味は格別のもので、特に壬生が登場する日には必ず非番の者が大挙して集落に向かうという事だった。それを知って以来、錆丸と朽丸は交互に壬生の戒羅が行われる日を狙って御所に忍びこみ、様子を探っていた。
 その潜入も今日で三十を数える。常に一定の成果を得られないのが苦しいところだ。何しろ御所に入っていく人間が少なく橋を渡れないこともあるし、渡っても綱をかけるとっかかりもない壁をよじ登るのは至難の業で、雨が降って滑りやすくなってしまったら、いくら下津留の忍びとはいえどもお手上げだ。そんなわけでこれまでに無駄にした機会も少なくない。廃れ者のような忍びが専らとしているはずの行動に手を焼いているという事実は情けないところでもあった。この先も何度忍び込むことになるか分からない。分からないがために、あちらに見つからないことが最優先になって二の足を踏むことも多いのだ。
「一江様の所在は掴めなかったが、もしかするとキモク殿とかいうところにいるのかもしれん」
 朽丸がぼやくように言った。
 御所には十二の御殿がある。それは、錆丸も朽丸も知っていることだ。塀の上から眺めた時に、互いが数えた明りの数と配置から割り出したものだった。その中のどれかがキモク殿ということだろう。キモクのどれかに方角を示す漢字が当てられているのなら大いに助けとなるのだが、読みからすると期待はできない。華々しい一族のつける建物の名だ。大方『貴沐殿』といったところか。
「それと、一江様の生存は確認できなかったが、葬られたという話もなかった。まだ生きているかもしれん」
 そう言っておきながら、朽丸が「しかし――」と言って首を掻いた。
「しかし?」
「……一つ妙なことを聞いた。法家の人間が南の霞辺に躯を運んでいるらしい」
「そこに霊園がある、と?」
「ちげえな。捨てているっていう話だった。弔ってはいねえらしい」
「確かな筋の話にございますか?」
「野盗の話だ。だけど、嘘にしちゃ益がねえ。信じるに足ると思うな」
 確かに、と錆丸は思った。
 当たり前のことだが、御所の中に墓地はない。これまでに聞いた話だと、法家の者が死んだら名賀大社に納められるそうだ。その名賀大社は、都から東に半日ほどのところにある永村にある聞いた。遠くに思えるが霞辺よりはずいぶん近く、道も平坦だ。ということは、供養を面倒くくさがって捨てているのではないということだ。つまり、霞辺に捨てているのは、世の中に知れてはまずい遺体だと考えるのが正しいだろう。それが一江だとは思えないが、無視できる考えでもない。
「探りますか?」
 錆丸は訊いた。探るべきだという自分の答えは持っているものの、朽丸の考えを確かめておきたかった。なにしろ斐川法家には醜聞が多すぎる。還暦を過ぎた法皇が巫女を集めて褥に狂ってるとか、法家は純血を尊重するあまりに近親婚を繰り返しすぎて、子が親の兄弟と繋がるような顛末の果てに、親子関係さえ逆転しているとか、胸やけならぬ耳やけを起こしそうな話ばかりが飛び込んでくる。その一つ一つを相手にして調べを進めていたのでは、本当に大事な話を見落としてしまいかねず、何を基に行動を起こすかは極めて大切なのだ。
「そのつもりだ。ただし、本当に知られてはいけない事ならば、当然そこにも衛兵を配しているはずだ。油断はできん。もっとも、御所に潜り込むよりはずいぶん楽だ。あの辺りは年中霧が濃い」
 足を踏み入れたことはないが、錆丸もうわさは聞いている。近くですら霞んで見えるから、霞辺と呼ばれているくらいだ。十川京のまとい霧とどちらが濃いか、確かめたいものだ。
「龍頭季(りゅうとうき)を狙おう」
 集落のみならず、香治の国全体が最もにぎわう、野盗でさえ盗みを控えるといわれる時期である。往来も激しくなれば、人に紛れるのも易くなる。気を付けることがあるとすれば、朽丸、もとい朽果はお祭り騒ぎが大好きな男として集落で生活していることだ。龍頭季の間中、姿を見せないのでは怪しまれる。
「では、初日に騒ぐだけ騒いでおき、二日目から拙者が体を壊したという事で如何でしょう」
「そう頼む。手前なら独りで探ってこれるだろ」
 朽果としての姿しか知らない者がここだけを聞いたら、単に酒が飲みたくて人に委ねたように聞こえるだろうと思い、錆丸は可笑しくなった。なりはしたが、表情は少しも崩さなかった。
 そこまで話したところで、粉雪が舞い始めた。この冬五度目の降雪だ。数は重ねても、積もるほどは降っていない。ただしそれも昨日までのことかもしれない。陽の落ちた後に降り始める雪は翌朝の景色を一変させるだけの力がある。
「手前は先に帰れ」
 雪に目を細めながら、朽丸が言う。
「村雲が酒を持って手前を探してやがった」
「兄者は?」
「ちと用がある。終わったら駆けつける」
 朽丸はゆっくりを背を向けた。こんな時間に、これからどこへ行って、何の用を済ませるのかは、聞かなくても分かった。普段は見てもなんとも思わない朽丸の背中だが、こういう時ばかりは見ていると切なくなり、自分の懐に忍ばせた金鱗のお守りが、妙に重く感じられるのだ。
 
「三ツにござります」
「……近くへ」
 湖袖の反応を確かめて、朽丸は庭を横切った。
 分厚い雪雲が月光を遮っているおかげで、朽丸の体は闇夜に溶け込んでいた。足元を見るのも困難だったが、何百回と通った道は目をつぶっても通れるくらいに足が覚えている。
「姉上の行方は掴めましたか?」
「いえ。面目次第もござりませぬ」
 湖袖は返事をしなかった。部屋の奥から聞こえる別の声があるために、はばかったものだった。耳になじみのない奥の声は、女のものだ。この建物には贄姫しか入れないのだから、当たり前のことだ。
 奥の女の声がぼそぼそとしたものなら、朽丸たちには好都合だ。そのほうがこちらの密談を悟られずに済む。しかし、女たちは、きゃあきゃあと年頃の娘特有の声を出して、はしゃいでいて、二人の声が消されるほどにやかましい。小うるさい女たちが男の名前を何人か挙げているのを聞くと、どうやら彼女らは偽姫らしい。戒羅のいろはも知らずに遣わされた見た目だけの女子たちが夜中になって騒いでいるのだ。その瞬間、女たちの話の中身には興味がなくなった。むしろ、同じく会話の中身に気づいた湖袖のつく、小さなため息の方が気になった。
 下津留での出来事から、湖袖は人と接するのを嫌っている。いくら安全とはいえ、このような寄合所帯にその人を置いておくのは忍びないことだ。小さなため息は朽丸に伝染した。
 女の声が遠ざかるまでしばらくの間、二人は沈黙を共有した。密やかな会話が交わせるまでに静けさが戻ったのは、そこから四半刻(約三十分)も後だった。
「糸蘇様のご様子はいかがでござりますか?」
 いつも通りに朽丸が湖袖に聴くと、湖袖はかすかに首を振った。
「変わりありません」
 いつも通りに答えが返って、朽丸は安心した。
 錆丸が戒羅を介して名賀糸蘇に近づこうというずっと以前から、湖袖は糸蘇の近くで生活をしている。その分だけ何かを知る機会も多いが、それを利用して事を押し進めることを言ってきた湖袖を、朽丸が制した過去がある。下津留出の三人の中で、最も危険にさらされやすい場所にいるのが湖袖なのだ。一時の安泰に気を許した末に、入れた探りが原因で波を起こすことだけは避けねばならない、というのが朽丸と錆丸の考えだった。それがあって、「変わりない」と答える湖袖の顔は、さぞつまらなそうだが、朽丸にはもっとも望ましい状況なのである。
「先は、まだ長くなりそうですね」
 湖袖が呟いた。
「ご安心なされ、姫様。すぐに手前が別の手がかりを入れまする」
「しかし、次の大安は龍頭季の初日です。もう、暮れて明けるまで戒羅はありません」
 龍頭季の間、戒羅は行われない。湖袖の言葉通り、次は新年という事になろう。
「それでも、なんとかして御所に忍びまする」
「三ツ丸。急げと言つもりはありません。命を大事になさいと言うのです。そなたは私の身を案じ、なるべく動かぬようにと私に進言しました。しかし、それは、そなたたちとて同じはず。そなたたちのどちらかが欠けただけでも、大義は果たせなくなるのですから」
「……承知つかまつりました」
「分かればよいのです。くれぐれも慎重に頼みます」
「は」
 朽丸はもともと垂れていた頭をさらに垂らした。
「ところで、年明けの戒羅では私の番が回ってくるようです」
「では、普段通りに、村雲殿を指名くだされ」
「ええ、もちろん分かっています。仮にそなたが鬼手を手前が務めることになった場合にも、手加減をするな、と、そう言うのでしょう?」
「さようにござります」
 これまで、朽丸が湖袖の姫守を務めたことはない。錆丸も同じだ。そこには複雑な理由などなく、主従関係がばれないようにするために避けてきただけのことだ。
 二人の代わりに、湖袖は村雲を指名している。何を隠そう、それは朽丸の差し金だった。
「三ツ丸」
「は」
「一つ、気になっていたことを聞いても?」
「何なりと」
「そなたはなぜ、村雲殿を私に勧めたのです?」
「……あの男は腕が立ちます。加えて、本当の殺し合いを知らぬがゆえに、甘さがござります」
「つまり?」
「止めを刺すという事を知りませぬ。言い換えれば、最も恨みを買いにくい人間だということになります」
 湖袖にふさわしい姫守を探すに当たり、二つの大きな条件があった。
 まず一つに、長く付き合える人物であることだ。贄姫の権限で好きなように姫守を変えることはできるが、戒羅の姫守と贄姫は命を預けあうようなもので、関われば知り合いが増えるという事になる。湖袖の立場を考えれば、顔なじみを増やすことは避けねばならず、必然的に誰か一人を継続して指名することが望ましかった。長く付き合える、とは、そういう意味での条件だった。そして、それは同時に腕が立つことも求められる。
 二つ目の条件とは、害のない人間であるということだ。誰であれ特定の贄姫の姫守ばかりを務めれば、傍目には関係が深く映る。そうなったときに、姫守が恨みを買いやすい人間では困るのだ。
「余計な混乱に巻き込まれないため、ということですか」
「さようにござります」
「それだけですか?」
「……と、申されますと?」
「確かに、村雲殿は騒動を生むような性質ではないようです。巻き込まれることはあっても。ですが、そのような御方は他にもいるでしょう。それにもかかわらず、そなたはあえて村雲殿を選んだ。そこにどのような理由があるのかが気になるのです」
 朽丸は黙り込んだ。
 村雲に目を定めたのは五年も前のことだ。年月がたつ間に、今述べたもっともらしい理由を残して忘れてしまったが、確かにあのころ、村雲と同じような気質の戦い手が何人かいたはずだ。その中から、朽丸は村雲を選んだ。それはなぜか――。
 急に問われると分からない。心当たりが全くないわけではないが、今朝見た夢のようにぼんやりとしていて掴めなかった。
「この頃、村雲殿と接していて思うのです」
 言葉に詰まった朽丸を目にして、湖袖の方からそう語りだした。
「村雲殿は、戒羅に意味を求めてこの集落に来ているそうですね。富や名声を求めているのではなしに、導かれるようにしてこの集落に来た。けれど、そうでありながら神仏には身をゆだねておられぬ。
 過去に、この世は神と人と鬼から成り立っていると聞きました。神が創った万物を人が欲しがり、鬼が壊す。その中にあって、人の生きる様とは欲のままに生きるか神仏に傾倒するしかありません。しかし、かの御仁はそのどちらでもない。どちらでもないとなれば、それはつまり――」
「鬼の子、と?」
 朽丸は一気に青くなった。村雲が鬼の子ならば、それは神代の巫女に仇をなす存在だ。そのような人間を、あろうことか湖袖の側に勧めたことが怖くなった。
「――いえ、そこまでは申しませぬ」
 朽丸の不安をいなすようにやんわりと否定しながらも、湖袖が続ける。
「しかし、あの御仁はなにかを壊す力を持っているのやも。人間の欲望を破るのか、神の力をねじ伏せるのか、それは分かりませんが」
 朽丸は閉口した。
 遡って村雲を選んだ時、そうした考えがあったのだろうか。いや、なかった。少なくとも考えはしなかった。考えはしなかったが、感じ取ったのかもしれない。最初の出会いの時に。もっと言えば、玉砂利の上で刃を交えた時に。
「そうやもしれませぬ」
 朽丸はそう答えるにとどめ、こう続けた。
「しかし、もし、あやつが姫様に仇をなすものであったとしても、有事の折には手前が命に代えて姫様をお守り致す所存にござります」
「……そうならぬことを、望んでおります」
 命を賭すと言うと、湖袖は必ずそう答える。朽丸はそれに対する答えを知らない。湖袖の影人になった時から、この任は死で閉じると思っている。主がどんなにそれを嫌っても、また止めようとしても、無理なことなのだ。
 空を舞う粉雪が勢いを増し、内裏の庭を侵しはじめた。これ以上ここにとどまれば足跡が残ってしまう。それに、足元から忍び寄る冷え込みは冬将軍が放った第一隊のようで、家屋をも陥れようとしている。
「今宵は冷えまする。お体を壊されぬよう、お気を付け下され」
「そなたも」
「もったいなきお言葉」
 朽丸は土に接するほどに垂れていた頭を静かに起こした。
「では、手前はこれにて――」

―守― 完