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神代の子 ―贄―

三.

 名賀糸蘇(ながのしそ)は腹を立てていた。
 もちろん、そのむかっ腹を隠すことは覚えている。神代の巫女たるもの、平時冷静を保てないようでは、戒羅の主役は務められない。加えて糸蘇も二十六の年増だ。ふくれっ面の似合う子供ではない。
 それに何か確かな理由が糸蘇を苛立たせていたわけではない。直接の理由を挙げれば、故郷の永村を心の底から嫌っているからだという事になるが、その原因も不透明なものだ。
 永村は知られている限りで、香治国どころか諸国を含めても最古の村と云われている。霊峰、龍臥峰(りゅうがみね)を仰ぐその場所へ社が築かれたのをきっかけに人が集まったことが発祥とされ、香治の国を治めたどの朝廷よりも長く続いていることから、永村と呼ばれるようになったと伝わっている。
 その言い伝えに従うなら、“名賀大社”は本来“永大社”であって、従えば自身の名も永糸蘇が正しい表記になる。だが、永神社では字画に威厳が無いとして今の記にたどり着いたそうだ。もっと言えば、名賀大社は“大社”としての歴史よりも“神社”としての歴史の方が長い。事実として、紫蘇の父、玄仁は大社と呼ぶが、祖父の寅之雄は神社と呼んでいた。
 逸脱したが、深い意味では糸蘇の苛立ちはそれに起因しているのかもしれない。字面に威厳を求めたのは人間の不格好な見栄にすぎず、それは結局のところ名賀家の一番古く残る無様さの一部でもあるのだ。
 ともかく、糸蘇は平端では思い出さなくてよかったことをここに来ただけで思い出してしまう。特に、己を意思をおざなりにした言い訳まがいの建前ばかりを述べていた意気地のない父のことをだ。
 故郷と同じくらいに、糸蘇は父を嫌っていた。嫌うきっかけとなった出来事が起こったのは十六の頃で、そこから流れた十年という年月を加味すれば、もう許してもいいのかもしれない。だが、父の顔と同時に思い浮かべる御条(みじょう)親王の顔が刃と共にある限りは、許してはいけないと思っている。
 裏返せば、いつかは許すべき日が来ることを糸蘇は期待している。慕っていた母と祖父を失い、玄仁がたった一人の肉親である以上は、時にその日が待ち遠しくも感じることもある。ただ、それは父の顔を観ずに済む平端にいる間だけだ。最後に顔を合わせたのは今年の初めだったが、やはり顔を見ると怒りが先に来て、その時もいつものように苛立ちを表情に留めながら、二言三言、枕詞の様な言葉を交わしただけで、別れてしまった。
 毒虫に刺されて腫れた古い痕が残っているのと同じことだ。傷跡を見ないうちは忘れたまま居ることができても、ふとした時に掻き壊した後に目をとめると途端に痒みがむし返して、苛々、苛々としてくるのである。それが父と己の間にあるわだかまりという名の腫れ物なのだ。
 許すべき時とは、その痕が全く見えなくなって肌と同化する時のことだろう。それには単純に時間が必要なのであって、十年では不十分なのだ。
 しかし、残念ながらその傷が癒える日は訪れないのかもしれない。
 父が行方知れずとなってから、ひと月が経とうとしている。
 その知らせを受けるよりも前に、胸騒ぎというべきものがあった。父の様子がどうであったかというよりも、一通の文が糸蘇の元に届いたのだ。
 文には短い伝令だけがあり、父とは無関係のものだったが最後に『鹿泰(ろくだい)』と署名があった。鹿泰とは親王の名である。名賀家の監督下にある戒羅は名義上法家の者であっても法皇以外の勅命を受けることが無く、その他に属する親王たちが口をはさむことは全くない。不測の事態が起こったとしても、それは必ず、去年までなら祖父を、今では父を通すことになっている。それが父を無視して糸蘇の元に来た。つまり、その時すでに父の身に何かが起こり、それを知った鹿泰親王が直接糸蘇に伝令を当てたのである。
 伝令には、「もし、平端に次の字を名に含む者が現れた通知せよ」とあった。記されていた文字は見、聞、嗅、味、触の五つだったが、いずれも心当りはなかった。その記憶はしばらく糸蘇の頭に残りはしたものの、今思い出すまで忘れていたものだ。思い出して、その五文字が人の五感に関わる文字だと感づいたが、やはりそれほど興味も抱かなかった。
 そんなことよりも、今は父の行方である。
 可能性は二つしかない。逃げたか何かに巻き込まれたかのどちらかだ。糸蘇自身の勘に従えば、後者だと思っている。だいたい父には永村の、それも社にしか居場所が無いのだから、どこにも逃げようがないのだ。しかし、巻き込まれたと思う一方で、そうでないことを願う己もいる。大人げなくどこかに隠れているというのなら叱ることができるが、そうでなければ、話すことも適わない。
 勘と心の争いに苛まれながら、糸蘇は名賀大社の参道に足を踏み入れた。冬の終わりの早朝であり、日はまだ龍臥峰の向こうに隠されている。少しずつ白み始めていた空は龍の吐息のように広がって、周囲を埋める濃紺の薄めつつあった。
 村を飛び出したその時までこの参道を掃いていた糸蘇だからこそ気づくことだが、入り口に立つ鳥居はよく見ると少しだけ左に傾いでいる。なぜかというと実測で左脚の方が少し細いからだ。左の樹は寅之雄の代になって補修されたもので、その時の普請が質の高いものではなかったためにこのように歪んで修繕された、と母に聞かされたことがあった。神社の入り口たる鳥居が歪んでいるのは情けないことだが、それ以上に社や参道の修繕にかかった金が盛大で、止む無しとしたそうだ。
 永村との唯一の接地面である鳥居を潜って境内に踏み入ると、しばらくは石畳の参道が続く。最初は平たんな参道もやがて段差を伴うようになっていき、そのうちに山道としての要素が顔を覗かせる。そもそも龍臥峰を祀るために置かれた永神社の本殿は、およそ八合目あたりの場所にあった。今やそこまで上ることはないが、それでも三合目までは登ることになる。
 石畳の階段は両脇に昨日の雪を従えていた。西の空に残る雪雲を眺める限り、昼過ぎにはまた雪を白粉にすることだろう。
 登り続けていると石を覆う雪が次第に多くなっていく。永村と名賀神社では感じる寒さも違って、神社の方が寒い分だけ雪がいつまでも残る。そのために石段は人の歩く真ん中を少し隆起させて組まれているが、逆に足を滑らせ易くもあった。
 糸蘇は薄く張った氷に足を盗られないように気を付けながら階段を上へと登っていたが、ちょうどその神経を張り巡らされていた時に人の叫び声のようなものを聴いて、足を止めた。老いたカラスであった。この時期になっても唯一元気なカラスたちが、静寂を食い漁って暁空へと鳴いている。
 そこから見渡せる龍臥峰の山肌は枝だけになった木々が斜面に突き刺さっているだけで、生命の息吹はかけらも感じ得ない。尚も鳴き続けるカラスの鳴き声は何人もの断末魔の叫びに似て、いずれ空から死体が降ってくるのではないかと、糸蘇はうすら寒くなった。
 石段を踏破した糸蘇はゆっくりと境内に足を運んだ。境内は思いのほか静かで、閑古鳥が鳴いていた。聞いた限りでは参拝者の数は年々増加しているという。思うに、法家の政治が民に苦労を強いているからだろう。素直に喜べないが、それでも人が神へ信仰心を忘れていないというのは良いことだと喜ぶしかない。
「糸蘇様!」
 境内に入ってまで入ったところで、糸蘇は後ろから声を掛けられた。華だった。祖父と母の世話役であった大年増の権禰宜だ。顔を合わせるのは実に一年ぶりで、祖父の神葬祭の折に今までの礼を述べたのが最後になっていた。
「久しいな。大事ないか?」
 振り返りつつ声をかけると、華は微笑んだ。可笑しな言葉遣いだった。華は権禰宜、糸蘇は巫女であるのだから、本来は逆である。
「この通りで」
 しかし、意にも掛けずに華は腹をさすって笑った。いかばかりか太くなったようにも見えた。祖父、寅之雄の死から一年が経つ間に、肥えたのかもしれない。祖父の介護が苦行であることを溢していたなどと訊いたことはないが、楽な勤めだったとは思えない。それとも、結果的に残された玄仁との生活が耐えられず、過食になったということだろうか。
 華と玄仁の間に通う情は薄い。好き嫌いというよりも互いのことに無関心なのだ。華は、糸蘇を産んでから虚弱になった麻桐の世話をするという役割を担うために入った権禰宜で、麻桐の死後は祖父の寅之雄に付きっきりだった。その寅之雄があの世に発って一年の間、華はそれらの世話役から解放されたということになるが、玄仁は華を近くに置かなかったと聞いている。何故置かなかったのかは糸蘇の知るところではない。置こうとしなかったのか、置けなかったのかは父だけが知っているが、もしかすると父はそれすらも墓まで持って行くことになる。
「父の探索は誰が?」
「太助にお願いしました」
 太助というのは、永村の小作農家の男で名賀家の土地で田畑を耕して作物を名賀家に献上している者だ。ただ、太助はそれだけの働きに留まらず、簡単に言えば名賀家の雑用係だ。どこへでも行き、どこへにも潜む。もっとも、忍びはしないし人を殺すこともない。彼らに望めるのはあくまで作物を売り歩くふりをした偵察である。矛を持って戦うことも盾を持って守ることもしない。
 その太助を遣ったというのは何もしていないのと等しい。が、何もしていないわけではない。わずかな違いは何かと言えば、紫蘇の大嫌いな体面の差だ。法家に頼るわけではなく名賀家は名賀家の手段で疾走した主人を探そうとしているという体面に過ぎない。
「そうか。それで、なにか手がかりは?」
 糸蘇の問いに華は何も答えなかった。目を見て首を振ったのではなく、目線をそのまま床に落とした。
 やはりか。
 糸蘇も同じように床を見た。互いの視線が床下の暗闇で交わるようだった。
 他の権禰宜たちはもう玄仁に何も求めていないのだろう。その出生が法家だったというそれだけのことがここまで冷遇をもたらすとは、父の事だけに残念であった。ひょっとすると法皇の圧力が暗黙のうちに彼らに掛かっているのかもしれない。御所で行方不明になった父をあれこれ詮索することは、法家を疑がうのと等しい。波風を立てる様に振る舞うなら、全く期待のできない太助に託して待つことしかない。
 ところで、神主が不在の折に、名賀神社の権禰宜たちは何をしているかと言えば、神社の跡継ぎという問題に奔走しているそうだ。
 このひと月の間、社は誰を跡継ぎとするかという問題で揺れているのだ。世に女の神主が存在しえない以上、糸蘇には神主の座を継ぐ権利はない。必然的に糸蘇と縁を結ぶ者こそが新たな神主として神社を納めることになるのだが、今の糸蘇には戒羅の巫女を全うするという大義があって、それは簡単に辞することができないものである。
 したがって、糸蘇はどちらか一つの決断をするしかなかった。巫女の身を捨てて神社に戻った後に誰かと契って神主の妻となるか、名を捨てて誰かに神主を委ねるかである。
 自らの人生を決める重大な決断を、糸蘇は後六日の内にしなければならない。神社には神主の不在が一月を超えてはならないという決まりがあるのだが、糸蘇が玄仁の失踪を告げられたのはつい四日前のことだというのに、すでに二十日が経過していたせいだ。大ごとになるのを恐れた者たちが、延ばし延ばしにしてきたその報いを糸蘇が受けている。
 もっとも、生涯を巫女として戒羅に捧げようと考えている糸蘇の心は既に決まっているようなものだった。永村の権禰宜たちもそのぐらいのことは察しているはずで、彼らは今、神主に選ばられるための根回しに忙しいことだろう。
 事実、寂れた村とはいえども神社に勤める者は二十人近くいるはずでも、帰参した糸蘇を迎えたのは烏と閑古鳥と華だけだった。女であり神主の資格が無い華を除くと、社務所にすらいないということだ。
 糸蘇にとってはその方が都合が良かった。正直、今日にも名賀の姓を捨てる書を納め、平端に帰るつもりなのだ。令嬢の後援を望む事を考え出した権禰宜に掴まって<やんややんや>と言われるのは避けたくある。
「お部屋をご覧になられますか?」
 唐突に華が言った。最初に糸蘇がかける言葉を誤ったせいで、敬語になっている。
 社を離れて久しくも、糸蘇の暮らしていた部屋はそのままになっている。ただし、あるだけで中はもぬけの殻だ。
 見ても意味はないと言おうとしたが、華はわずかに首を振っている。
「……父の部屋か?」
 察して切り替えると、華は「はい」と少し口元を綻ばせた。
 どうしても見てほしいものがあるようだった。
 うなづくと華が先に歩き出し、糸蘇はその背中を追った。さきほど腹を叩いたとおりに体の丸みは増していたが、これほど襟首に白髪を生やしていたのかと気付く。首回りの皮膚のたるみといい、そこだけ見つめれば祖父のそれに近い。亡き母より年下のはずなのに、なんだか哀れに見えた。
 考えてみれば、直接世話になっていた母も祖父も、さらにはほとんど言葉を交わさなかったろう父さえも、名賀家の面々はこの女権禰宜に心配をかけすぎている。糸蘇は、この白髪に何とか報いねばならないだろう。神代の力で補えるのなら、華に時間を取り戻させてあげなければならないほどに。
 周囲を気にしながらたどり着いた父の部屋は小奇麗だった。一月近くの間人が出入りしていないとなれば、床が埃を化粧代わりにしてもおかしくないのだが、足が滑るほどに磨かれている。記憶の中にいる父がそこまで綺麗好きだった記憶はない。これは華の仕業だろう。
「ここに何が?」
「こちらを」
 間髪入れずに華が答えた。向かった先には書棚があり、一番手に取りやすいところに父の書具が一式置かれていた。
 普段から物を書くことに親しい糸蘇は、見てすぐに思った。筆具は手入れが行き届いていてどれも高価なものばかりだ。ここで揃えたというより御所から持ち出したものだろう。しかし、そのどれよりも目を引いたのは書棚の奥に置かれていた、父の日誌だった。
「どうぞ」
 遺品を整理するようでためらいがあったが、華に促されて糸蘇は表をめくった。
 そこに失踪に関する有益な情報があったわけではない。父は法皇や祭事との関わりを避けるようにして日々の情景ばかりを綴っていた。一つだけわかったのは、それが一日も欠かされることがなかったということである。御所に泊まり込んだであろう日まで、如実にその御所の情景が描写されているのだ。
「華。父が最後に外へ出たのはいつだった?」
「正月の二日にございます。御所へとお聞きしておりました」
 日誌は元日で途絶えていて、ここに置かれている。それが意味することはただ一つで、その日のうちに御所から戻るつもりだったということである。
 懐に石橋を叩くための槌を携帯しているほどの臆病者が、突拍子もなく逃避行に出ることは想像に難い。父の日誌は、父が意図せず行方をくらましたと証言しているのだ。

続く