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神代の子 ―贄―

六.

「名賀殿」
 心の温まる会合の後に呼び止められて、機嫌よく振り向いた玄仁は、笑顔のまま凍りついた。
 声の主は一持親王だった。
 目が合わさっただけで、何の用かは察しがつく。梅子のことしかない。そういえば、百時親王を立たせる前に、朱沙親王が一持親王に耳打ちしていたことを思い出す。おおかた礼を申し上げておけとでも言ったのだろう。
 一持親王の丁寧に並べられた言葉を、玄仁はうわの空で聞いた。こそばゆい言葉だったろうが、少しも耳に入ってこなかった。まだ栄えていたころの字川の都が、絵巻物を広げるように思い出されてならない。
 字川が疫病で滅んでから二年を数える。その以前を語れば、玄仁が字川の地を踏んで一持親王と梅子の縁談を取り付けてから六年、梅子を香治の国に迎えてから五年が過ぎようとしている。
 五年もの間、二人の間に何があって子の誕生が遅れたのかを説くのは、それほど複雑ではない。まず、梅子が香治の国に来たのは十四の時で婚姻には早すぎた。梅子が十六になり、婚姻の話が持ち上がった時には字川に滅亡の危機が迫って、それどころではなくなってしまった。その後、字川が滅亡してしまったために梅子が喪に服し、婚儀の話は禁句になった。梅子の気持ちが落ち着き、話が進められるようになったのが、昨年の暮れのことだと聞いている。
「誠に、おめでとう、ござりまする」
 一持新王がこちらに反応を求めていることに気づいて、玄仁は無理やり返事をした。一持親王の言葉が右から左だったせいで、うまく相槌を返せたのかは分からない。とにかく親王は嬉しそうな表情を浮かべて一礼すると、おとなしく去ってくれた。
 不確かだが、齢は二十二、三だったか。十分に大人だが、まだ大人の事情に疎い齢で助かった。そう思うと胸をなでおろせるが、彼のこの先を考えるとなんだか胸騒ぎもする。先々、法家の影を知って彼は何を思うのか。法皇の顔がよぎるだけでも哀れだ。朱沙親王の言う新しい時代の息吹たちが法皇に吸い取られないことを祈るばかりである。
 勿論、玄仁自身も人の心配ばかりしているわけにはいかない。至急永村に戻り、葬祭の支度をはじめねばならない。ただ、今はそれより大きく字川の二文字が頭を占めていた。
 字川は、できることなら二度と耳にしたくなかった地名だった。なぜなら、その地名を聞くことと、咎の字を思い浮かべるのは少なくとも玄仁には同義だからだ。黒鳳殿に入る時のような重い胃痛が生じるのも同じだ。せっかく朱沙親王の御殿で回復したというのに、会合から解放されて最初にすることが厠探しとは情けない。
 玄仁がそこまでに気に病むのは訳がある。隠さずに言えば、つい二年ほど前、字川に疫病をもたらせた張本人が己なのだ。
 事の起こりは、梅子が香治の土を踏んだ五年前よりもさらにさかのぼる。
 そのころから、字川には法皇の食指が伸びていた。何故そのようなことになったのかは玄仁の知るところではない。玄仁はただ、そのように命じられただけだ。入部(いりべ)家の姫君を法家に迎え、その後に字川を滅ぼせ、と。
 逆らえなかったというよりも、逆らうという選択肢は存在しえなかった。父であり、国の権力者である人間がそのように求めていたのだ。その時は罪悪感と言うものもなく、すべては法皇のご意志である、というそれで十分だった。だから言われるがままに一持親王と梅子の縁談をまとめ、そののちに不要となった字川を滅ぼすべく、疫病を撒いたのである。
 しかし、字川の一件はまだ手ぬるい方だ。梅子のことは斐川法家にも入部家にも良いことであったし、滅ぼしたとはいっても、直接手を下したわけではない。
 玄仁はどこにも属さない小さな集落で広がっていた疫病の人間達に銭を与え、段取りを整えて字川に移住させただけだ。字川に疫病が蔓延する元を作ったのは確かだが、止められなかった入部家にも問題がある。
 そうだ、あれは入部家の対処が甘かったのだ。
 厠の中で貧乏ゆすりをし、腹をさすりながら玄仁はそう言い聞かせる。
「だからこれ以上、俺を責めないでくれ。なあ、頼む。麻桐」
 天井と足元の隙間からしか光が差し込まない厠の暗がりの中で、玄仁はいつの間にか死んだ妻と話していた。振り返ってみればこの胃痛も、麻桐が死んでから覚えたものだ。妻の死は字川の件よりもずっと以前のことだが、ともかく、妻が何かを言わんとして玄仁に胃痛を引き起こしているように思えてならないものだ。
『それではあなた様。下津留はどのようにお考えですか?』
 心に棲みついた麻桐の怨霊が玄仁の胃壁をドンドンとたたく。
「あれは、あれは――」
 あれも己の仕業ではない。そう逃げたくもあったが、玄仁は唇を噛んだ。
 少なくとも、あのころ、玄仁には知識があった。法皇の操り人形になってはならぬという、自覚に近い知識があった。もちろん、すでに他界していた妻の言葉ではない。諌めるような言葉づかいで玄仁に進言したのは、麻桐によく顔立ちが似てきた糸蘇だった。
 その前から糸蘇との間には会話がなかった。記憶にあるかぎり、久方ぶりに顔を合わせて言葉を交え、綻びかけた玄仁の顔に浴びせられたのがその言葉だったわけで、それがいつまでも忘れられずにいる所以たるものだ。
 振り返れば、玄仁の立場はそのころから板挟みだった。原因は実父と義父、唯示法皇と名賀寅之雄の間柄にある。
 知っている限り、玄仁が幼少のころは二人の間に隔たりなどなかった。寅之雄は都と永村の距離を気にすることもなくことあるごとに法皇の元を訪れ、指示を仰いでは勤勉に働いていたという印象があり、法皇も法皇で、寅之雄に対する褒美を省いたことなど一度もなかった。法皇の側を固めるどの親王たちよりも、寅之雄は近くにいたはずだった。
 しかし、あるころから――今一つ判然としない判然としない曖昧な時期から――急に二人の距離は遠くなった。鞠が波にさらわれたかのように少しずつ遠のいて行ったのか、はたまた急流に落としたかのように一気に遠ざかっていたのかは定かではない。寅之雄は都に姿を見せなくなった。
 そんなある日、玄仁が呼ばれた。今から二十五年をさかのぼり、ちょうど二十歳の頃である。突拍子もなく婿入りの話を聞かされ、玄仁はまず複雑な気持ちになった。
 親王の称号を剥かれるということは、法家としては用無しと言われるようなもので、重罰を与えられるのと等しいことだ。もちろん、そんなことを仕出かした覚えはない。ただ、同時に惹かれるものもある。なぜならば玄仁は知っていた。寅之雄の娘、麻桐が香治の国で一番の美人といわれていることをである。
 結局逆らえぬし、悪くはない。青年はそう考えて承諾した。今考えれば邪だった。その後に出た悪い芽の種は、その時に蒔かれていたのかもしれない。
 玄仁は名賀家に入り、麻桐と夫婦になった。その頃はまだ、実父の唯示法皇が名賀家をどのようにするつもりだったかなど考えもしなかったし、また言われもしていなかった。ただ「上手くやるように」とそういわれた次第で、年明けには糸蘇を授かり、この子も美人になると触れて歩いたのは、幸せな思い出だった。
 そして、そこからおおよそ十九年後、玄仁は、出会った頃の母によく似て美人に育った愛娘に諌められることとなった。
 もっとも諌められたとはいささか大げさで、その内容は可愛いものだった。
 先の通り、法皇と寅之雄が不仲であって、法皇の実子である玄仁は何の考えもなく法皇方に立っていたわけだったが、それが糸蘇の気に障ったらしい。糸蘇自身が法皇に御目通りしたのは指折り数えるほどもなく、糸蘇にとっての祖父とは寅之雄しかいないようなものだったのだから、面白くないと思われるのも当たり前のことだ。そればかりか、寅之雄の娘、つまり麻桐もどういうわけか法皇を快く思っていなかった。言うなれば名賀の直系は法皇を嫌っていたわけである。元々気の弱い玄仁に立場はなかった。
 変わらねば――。
 玄仁は決意を新たにした。一角の父親によくある、娘に嫌われたくない心が、玄仁に善の心をもたらしたわけだった。
 しかし、“石つぶて 己(おの)が砕けて 巌砕けぬ”という誰かの下手な句をそのまま体現した形になり、玄仁の決意も法皇の前では脆かった。
「この後、何をすべきかは判っておるな?」
 字川に疫病を持ち込んでから二年の後、いつものようにして呼び出された玄仁は避けようのない圧力を前にして、再び屈することになった。
「……はは」
「声が小さいのう、玄仁」
「は」
「まだ小さい」
 それが玄仁のささやなか抵抗であることを唯示法皇は気づきもせずに続ける。
「やれやれじゃ。お前はいつになったら熟すのじゃ。今に食えぬまま枝から落ちようぞ?
 儂は下津留に流れる水神の血を所望しておると言うたはずじゃ? それをどう捉えておる」
「重々に存じておりまする。しかし、下津留の一の姫であられた一江(ひとえ)様は、すでにこちらにお連れいたした次第で……」
 それもずいぶん前のことである。梅子が御所入りよりも、四年をさかのぼる。
「そんなことは問うておらぬ」
 御簾を揺するほどの舌打ちが天井に響いた。
「……」
「そなたは梅子の件の後、字川に何を仕組んだのじゃ」
 先の通りに疫病の種をまいたのがその問いに対する答えだが、聞かれるまでもないし、答えるまでもない。
 時すでに字川領の疫病は猛威を振るい、国を大きく衰退させていた。その行いがどれほど後ろめたいもので、どれだけ今の玄仁を悩ませ、安眠を妨げているかなど法皇は知るはずもなかった。
「ふん。分かっておる顔つきじゃ」
 法皇はそう言って玄仁を謗った。再びの舌打ちを聴きながら、玄仁もまた心の奥で舌を打った。
「分かっておるなら、これから下津留で何をすべきか判っておろう」
「同じように……滅ぼせと仰せで?」
「今さら躊躇いがあるとでも?」
「今一度、お教え願いまする。何故、そのようなむごいことを言われるのでしょう」
「……玄仁。今は何月じゃ」
 急に唯示法皇の声が変わった。
「睦月にございますが……」
 当時の月の愚直に答えた。
「時期に虫が騒がしくなるのう。夏には蝉が。それを過ぎると秋の虫どもが騒ぎ立てる」
「……」
「朕は騒がしいのが嫌いじゃ。わめきたてる虫どもを見ると踏み潰したくなる。されど、踏み潰せば朕の足が穢れる。何足も何足も足袋を捨てねばならなくなる。なれば、足袋を汚さずに虫どもを駆除するにはどうすべきか。簡単じゃ。鳥を放てばよい」
「つまり……?」
「つまりじゃ。頭を使えということじゃ」
 法皇の言葉はそこで切れた。違う言葉を待っていたが、それ以上は無いらしい。こちらが投げかけた問いには答える必要がないということか。
「……お答えは、頂けぬということにござりまするか」
「お前の答えなど見え透いておる。娘の手前、手を汚すのが嫌なだけじゃ。なれば、まず、使えるものを探しや。者でも物でもよい。いや、それ以上のものでも構わぬ」
 法皇は玄仁の言葉を無視して続ける。
「まずは下津留の国に何故“下”の一字がついておるかを良く考えい。考えてさっさと取り掛かりや。して早う成果を持って来やれ」
「しかし、父上――」
「いやというなら、この儂から逃げおおせてみよ。名賀の権禰宜殿」
 ぴしゃりと頬を打つような言い様をしたあと、法皇は昼御座(ひのおまし)から出て行った。残された玄仁は鸚鵡親王と目を合わせていたが、やがて静かに帰路についた。上津留へ向かったのはその数日後のことだった。
 しかし、麻桐がそれに怒っているというなら、言い訳をしたくもある。
 確かに逆らいはしなかったが、逆らえなかったのもまた嘘ではない。後ろめたさはずっと感じていた。下津留の帝を死に追いやるきっかけを作った時も、崩丸という男を使って内乱を起こした時も、だ。
 いや――。
 記憶の中に残り続けている下津留の一件を通じて、玄仁は思い当った。と、同時にいっそう腹が病んだ。つまりそれが、麻桐が言わんとすることに違いない。
 そうか。麻桐が怒っているのは、あの――。
 思うより早く麻桐の思念が玄仁の腹を強くひねり、思わずうめき声が漏れた。
「おい、大事無いか?」
 度が過ぎて、厠の外の誰かが心配してくれている。
「大事無い。すぐに出る」
 玄仁は冷や汗をぬぐって厠を出てるとすぐに網代輿に入り、そそくさと御所を離れた。
 手荒な運び手の肩に担がれた輿に玄仁は激しく揺すられたが、頭の中は“あの一件”から少しも揺り落ちることはなかった。簾に光を遮られた暗い瞼の裏をよぎるいくつかの残像がある。それは勾玉飾黄金菱連一差によって一人の人間が堕落していく様を現したものだった。

続く