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神代の子 ―贄―

七.

 神代の巫女。
 糸蘇がその言葉を予期せず思い浮かべるのと、胸騒ぎを覚えるのは、寸分の狂いもなく同期している。自身、それは何かが起こる前触れだと考えているぐらいだ。
 誰もが知るように、神代の巫女の謂れは五巫女(いつみこ)神話と直結している。
 太古の昔、この世は五人の巫女たちによって秩序が保たれていたというそれである。彼女らは陽を司る天角大神(あまづのおおかみ)と、陰を司る地牙大神(つしきのおおかみ)を父母として、五人には五行、すなわち火、水、土、金、木を自在に操る力がそれぞれに宿っていたそうだ。
 現在の神代の巫女たちは、その五巫女の血を受け継ぐ者たちだと語られている。正確には、五巫女たちの次の代に生まれた大兄上尊(おおのえのみこと)と大弟君尊(おおのとのみこと)のうち、大兄上尊の血を継ぐ者たちであるとされる。
 いにしえを綴った書物を読むと、五巫女たちが住まったのが龍臥峰であり、大兄上尊が育った地が永村だという記録が残っている。それが根拠で、名賀大社にはその大兄の魂が祭られているというのだ。そして、巫女の血はここ永村からこの世に散らばったもと記されていた。
 それを正しいと信じるならば、永村は現在の神代の巫女の発祥の地でもあり、糸蘇とほかの巫女たちはどこかで血がつながっていたということになる。
 いつものことながら、それを考えると無性に笑えてくる。
 血が通っていたからなんなのだろう。何人かの巫女の顔を思い浮かべても誰ひとり似ていないという事実は、誰か釈明してくれるものなのか。もしそれが釈明されたとして、永村以外の土地からそのようなことが記された書物が出て来ないなのは何故なのか。そもそも古文書がもっとも怪しい。紙の劣化を懸念して、何度も書き改められた古文書など誰が信じるのか、ぜひ聞いてみたいものだ。
 糸蘇にとってはそんなあやふやな伝説よりも、神代の巫女という言葉を思い浮かべるたびに走る胸騒ぎのほうが数段気にかかる。
「糸蘇様」
 ほどなくして、糸蘇は板戸の外からの呼び声に顔をしかめることになった。
「何事です?」
「火です」
 全部で二十六ある贄姫の部屋のうち、ほとんどすべての部屋で火鉢が片づけられようという初春のこの時期に、さらに言えば行燈の火を消して寝静まっているこの刻限に、火の出所など限られている。そんなことを考えなくとも側女が口にした“火”という言葉だけで、糸蘇ばかりか平端の内裏に住む全ての者は思い浮かべるところだ。
「また、ですか」
「はい。またにござります」
「湖袖様は?」
「既に」
 火事場に向かった、と側女が答える。
 流石に早い、と糸蘇は思った。
 内裏に住む美人揃いの偽姫どもは慌てふためくばかりで何もしないし、戒羅では千人力と謳われる神代の巫女たちですら、こういう時に力を発揮しようとは考えていない。もっとも、それが当たり前ともいえる。名賀家の人間として責任を負っている自分は何とかして火の手を止めなければならないが、彼女らはただの戒羅に招かれた客なのだ。住処を失えば国元に帰る理由にもなりうるし、悪いことにはならない。
 その中にあって湖袖は一味違った。有事の時には戒羅と変わりなくその力を発揮し、騒ぎを鎮めてくれる。ただ一つ引っかかるのは、その動機が読めないことだ。糸蘇のご機嫌を取ろうとしている様子が垣間見れるなら理解はできるが、そうでもない。頼もしくはあるが同時に不気味でもあった。
 念のために他の者たちを外に誘導するようにと側女に頼み、自らは火事場に向かった。途中、すれ違った偽姫たちはぎゃあぎゃあと喚き散らしていたが、糸蘇を見るなり黙って外へ退避していった。
 着くとそこはもはや火事場ではなくなっていた。桶いっぱいに水を張って追いかけてきた側女が呆然と立ち尽くしたほど、火の跡らしきものはなかった。誰かが水浴びをした後のように濡れた床が、一つだけ灯った蝋燭の明かりを照り返している。
 その奥からすうっと湖袖が現れた。多くの女が水たまりを避けて歩く中を、湖袖は平然と歩いている。裸足ではあるが、着物の裾が少しも色を変えていない様を見るかぎり、この辺り一帯のすべての水は彼女が制圧しているという事だろう。一本のろうそくでは観察に苦しいが、おそらく水が彼女を避けている。
 湖袖との邂逅は一瞬だった。出会うなり会釈をされて、会釈を返している間に湖袖は糸蘇の横を通り過ぎて行った。会釈をする寸前に見せた湖袖の瞳の色が、糸蘇には印象深かった。
 神代の巫女の眼は彼女らが力を発揮するときに変化することを知っている者は少ない。一説には色が鮮やかであればあるほど力が強いとも謂われているが、その実は糸蘇にも分からない。何しろ、神代の巫女自体がどこでもいるものではないのだから、誰も確かめることはできないだろう。現にこの事実を知っているのは、ごく限らられた人間だけであって眼の色の変化を現す言葉もない。普段は彼女らの瞳も他の人間と変わりのない薄茶色をしているものだし、なによりもこの現象は同じ神代の巫女にしか気付きえないものらしいのだ。色の変化は神の力を示唆するものであって、その力に気づくことができるのは同じ神の資質を持つ者だけということなのかもしれない。
 湖袖の瞳の場合は鮮やかな青に変化する。それが水神の力を示す何よりもの証拠なのかは定かではないし、そもそも水には色が無いことぐらい誰しもが知っている。彼女の目の色は水面が跳ね返した空の色の一部なのかもしれない。しかし、澄んだ色とは思えなかった。今の刻限があらわすように、そこに映っていたのは夜の一部であったように思えるのだ。
 糸蘇自身が、ある種の懸念を湖袖に抱いているのは揺るぎないことだ。何しろ湖袖という女は、父玄仁により滅ぼされたと言っても過言ではない下津留から、まさにその時期にここへ来たのだ。何か黒いことを考えていたとしても、何ら不思議ではないと思うから、その瞳も淀んで見える。
 もっとも、糸蘇自身もぼんやりと疑っているわけではない。己と近しい身上の張り番に湖袖を見張らせている。その結果、湖袖の居室周りに出入りする者がいることは掴んだ。が、それだけである。絶え間なく見張っているのに、その者は必ず網をかいくぐって現れ、見張りが違和感に気付くころに失せる。よほど夜に慣れた者なのだろう。確かに下津留にはそうした者たちがいたと聞く。その線を辿ることも始めているが、そちらの筋の情報をもってしても、得るたのは何もなかった。組織の名も個人の名もまるで分らず、ようやく知れたのは“影そのもの”という謎めいた答えのみだ。
 その影も湖袖を囮にして導き出そうと思えば、可能だろう。しかし、今のところそのつもりにはならなかった。なにしろ父の行動を鑑みれば非がどちらにあるのかは明確なのだ。それに、もし湖袖やその影が父と法皇を敵視している存在だというのなら、糸蘇にとっての味方となる。となれば、今はまだ様子をうかがう段階にある。
 目下のところしなければならないことは“火の元”と話すことである。
 糸蘇は引き下がっていく湖袖の後ろ姿から目を切って水を帯びた板の間を奥へ進んだ。
「灯放(ともはな)」
 半ば焦げた柱を二本通過したところで、糸蘇は暗がりに佇む影に語りかけた。
「返事をなさい」
 一拍遅れて小さな声が返ってきた。
「はい」
 暗がりに双眸が光っている。灯放が瞳にたたえていた赤は、糸蘇の姿を認めるなり消えた。警戒心が解かれたという事だ。
「なにがありました?」
 戻らない返事を糸蘇が辛抱強く待つ。
 やがてぽつりと答えが返ってきた。
「郷里の、夢を見ました」
「天知(あまち)の国のか」
 天知はここより西方に位置したいた古い国だ。大人の足でもここから三月はかかるような遠方で、かつては火の神が宿っていたと言われる土地にあった。かつてはと言うからには、今はない。齢二十六の糸蘇でさえ生まれる前に滅んでいるのだから、まだ十二に届かない灯放はその様を知りようはずもない。
 そのはずだが、己が見た夢を天知の国であり、故郷とまで言い張るのは智花の奇異なところである。灯放が神代の力を継いでいなければ、適当に話を合わせて済ませていた。
 灯放は紛れもなく神代である。火の気もないところから出でて、二間を焼いた業火は灯放が神代の力を持っているからこそ起こりうる。
「申し訳ございませぬ」
「良い。気にするな、灯放」
 うなされて神代の力が暴発することはままあることだ。戦い手が酔った勢いで襖に穴を開けるのとなんら変わらない。もともと持っている力の大きさを考えれば、その部屋一つで済んでよかった。いつしかのように人を燃やしたとなっては事の収拾に苦労する。
「しかし、力の遣い方を誤ってはならぬぞ」
「はい」
 糸蘇は灯放の目を見つめた。桜の樹皮のように茶色の濃い、人の眼だった。
「時に灯放よ」
 声を落して語りかえると、灯放は即座に首を小さく振って、
「……大事ございませぬ」
と、答えた。
 灯放には秘密があった。灯放は神代であるが、巫女ではない。いうなれば、彼女ではなく彼なのだ。
 そのことを知っているのは糸蘇と灯放と、彼を連れてきた伊丹という名の“梯子”だけである。
 灯放は天知の国に根付いていた野盗共の奴隷に近い存在だった。名前の通にどこへでも火を灯すことができたから、ほかの子供と違って売り飛ばされず、なけなしの飯を恵んでもらいながら育てられたらしい。
 その哀れな少年の噂をどこかで聞きつけた伊丹は、たいそうな金で野盗から買い、戒羅の集落に連れてきた。法皇に目通りをする前に糸蘇に引き合わせて、灯放が男であることを申し開いたのは、何の魂胆があってのことかはわからない。それでも、糸蘇は少年の性を偽り、内裏に住まわせることにした。信用に足る老人であり、自身も恩がある伊丹の申し出をむげにすることはできないし、法皇を騙すという行為が妙に興味を引いたこともあった。
 そうして、灯放と糸蘇の、いわば周囲を騙す生活が始まったわけだったが、まだ男の様相を示していない中性的な年頃の灯放を女児だと偽るのは簡単でも、先行きを考えれば危険な行為であることに、後々気づき始めた。嘘はいつかどこかで代償を伴うものだ。
 法皇を騙すといういたずら心も、この場合ではただ事では済まされないかもしれない。それは、自身も生まれた名賀家の事情も一枚かんでいる。
 名賀家は、神代の巫女にまつわる五巫女神話を世に広め、その血筋であることで尊敬を得てきた過去がある。そして、法家はその権威を振りかざして諸国に神代の巫女の加護を与え、金をせしめてきたのだ。
 しかし、男児ながら神代の力を持つ灯放は、その説法に疑いを持たせる存在に他ならない。なぜなら、名賀神社が説いてきた教えの中には、大兄上尊を神格化させるためにこの世で唯一、“五巫女の力を継承した兄弟の兄”だとしてきたからだ。
 もちろん、灯放こそがその大兄上尊の生まれ変わりだと触れて歩くことともできる。しかし、そう語るには灯放の、曲がりなりにも野盗の一味であったという生い立ちが悪すぎる。
 どちらにしても、灯放は法家にとって目障りな存在にしかなりえず、隠し通している事実が露見すれば、命が危ぶまれるだろう。
 糸蘇は、その事実が外に漏れていないかどうかを灯放に確かめたわけだった。
「そうか、苦労を掛けるな」
 糸蘇は灯放の頭を一撫でしたその手で背中をたたくと、違う部屋を充てるようにと後を追ってきた側女へ指示を出して自室に戻った。
 
 布団に入り、横になってから糸蘇はまどろみの間を何度か行き来したが、立て続けに観た青と赤の眼にうなされて上半身を起こした。
 つい最近まで、内裏には九人の神代がいた。そのうちの一人が召された時のことは糸蘇の記憶にも新しい。彼女の死は戒羅の最中の出来事で、糸蘇の目の前でもあって胸が痛んだ。と同時に、そんな事態を招きながらも平然と戒羅を続けていく櫓の、つまりは法家の方針に怒りを覚えた。
 八人に減ってしまう以前から、神代の巫女たちの中で糸蘇の持つ力こそが最も尊い神代の力だ、と集落に住む人間たちはもてはやしているが、当の糸蘇はそう考えたことは一度もない。
 自身の価値観に基づけば、最も力を使いこなしているのは湖袖であり、力を秘めているのが灯放なのだ。彼女らが本性を現せば、おそらく己を含めた他の六人は太刀打ちができないだろう。
 なぜならば、二人の力はまぎれのない神の賜物だが、他は、自身も含めて鬼畜の賜物だからなのだ。
 糸蘇は静かに起き上がり、鏡の前に座った。少しだけ障子を開け、鏡に被せてあった布をめくると下弦の月に照らされた己の顔が滲む様に浮かび上がる。
 灯放や湖袖は、はっきりとした色を両目に浮かべることができるが、糸蘇にはその方法が分からなかった。神代の力を使えば眼に現れることは分かっている。しかし、どのようにして力を使うのかが分からないのだ。湖袖も灯放も己の意志ひとつで水や火を操ることができるようだが、糸蘇は術に頼らねばその力を発揮することができない。そしてその時に瞳に宿る色は、これまた滲む程度で、二人のようにはっきりとした変化は感じ取れないのだ。
 術を唱え、うっすらと白みがかった己の瞳を見て、糸蘇は小さなため息を吐いた。
 これが神と傀儡の違いなのである。

続く