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神代の子 ―贄―

八.

 今から十年近く昔に、糸蘇は永村を飛び出して平端村の戒羅に首を突っ込むようになった。衝動的な理由だったといわれても仕方のないことだが、決して遊び半分でやってきたというわけではない。人を追って来たというのが、最たる理由だった。
 しかし、当時の糸蘇はまだ十四歳。祭儀とはいえども時に命がけの戦いとなる戒羅に踏み込むには幼すぎる年で、もちろんのこと父を始めとする周囲の人間たちはそれを認めようとしなかった。不思議なことに、その時に助けとなったのが祖父の寅之雄であった。祖父はどうにかして法皇を承知させ、糸蘇が平端で働くことができるように取り付けたのだった。ただし、当時の己は今のように神代の力を宿していたわけではなく、平端には偽姫として介入するという体裁になった。
 少なくともその時、糸蘇は安堵した。形はどうあれ、永村に帰らずに済むということは父と顔を合わせなくて済むということだ。根本には憎しみがあったのだが、一方で、これ以上父と居るとますます嫌いになる一方だという思いもあった。十四ではあるが、糸蘇は自らの心の動きに対して冷静だった。
 恥ずかしいことながら、先を言えばその冷静さを持ってしても、平端での生活の厳しさを見通すことはできていなかった。
 糸蘇が戒羅入りをするにあたって課せられた条件の一つに、誰かの元で物事を学ぶというもののがあった。由緒こそあっても辺境の村の社という閉ざされた世間で育った、一人前の巫女でさえない平凡な少女のことを思えば当たり前のことだ。
 誰しもが糸蘇を腫物として見ていた中で、快くその役を買う者は一人もいなかった。最近でいう、浦春のようなものだ。二人の違いとは、出が法家と名賀家というものでしかなく、はた目には運営者の威光を借りて入った紛い物である。
 結局のところ、糸蘇はそこで伊丹という男の紹介を経て、一人の神代の巫女の元で働くことを許されることになるわけだが、そこに至るまでの不毛の時期は、それこそ田畑の土がむき出しになっている時期よりも長かった。
「傀儡め」
 糸蘇の師となった人物から最初に浴びせられた洗礼は、いつまで経っても忘れられない。
 名を圭子(たまこ)という彼女は、当時、平端で最も力のある土の神代だった。圭子はその時ちょうど今の糸蘇と同じくらいの年齢だったろうが、はるかに貫禄があったように思う。
 確たる資格もなく戒羅に飛び入り参加した糸蘇のことを、名賀を介した法家の回し者だと思っていた圭子は、会う前から糸蘇を敵視していた。それならば子守など引き受けなければよかったのに、とその時は思ったものだ。
 しかし、その圭子の抱いた誤解もすぐに解けることとなった。圭子も愚かではなかったし、ましてや列記とした神代の巫女なのだ。糸蘇が誰を憎んでいるかなど、戒羅の結果を占うより簡単だったろう。
 ただ、まるで居ない者のように扱われる日々はすぐに去ったが、待っていたのはとにかく厳しい躾けだった。女性のたしなみとして持参した頭に塗る油も香も、櫛も着物のほとんど、さらには鏡までも捨てられてしまい、糸蘇の周りにはわずかな着物だけが残された。小間の余白を埋めたのは、その代わりに糸蘇に与えられた大量の書物であり、そのすべてが唱経術の文書であった。
 最初にそれらが運び込まれた時、糸蘇は不思議がった。唱経術はその名の通り、経文を唱えることで効力を発揮する術だが、誰しもが使えるものではない。神代のみがその言(ごん)に力を与えるといわれていたものだ。社からきた、しかも半人前の巫女に過ぎない己に扱えるものではないと分かっていた糸蘇には、無価値なものに見えた。
「できよう、傀儡なら」
 圭子はそう言った。
 後を言うまでもなく、糸蘇はその後、ほとんどの唱経術を身に着けることになる。逆説的には、それが糸蘇にも神代の血が流れていることを証明したようなものだ。名賀家が大兄上尊の血をつなぐ一族だというのは流言ではなかったということになろう。
 最初に覚えた唱経術は、扇で仰いだような風を起こす些細なものであったが、とかく興奮した糸蘇はそのことを圭子に問いかけた。
「どうかな……」
 圭子は糸蘇の理論を鼻息ひとつで跳ね返し、こう続けた。
「はっきり言って無関係だ、お前が唱経術を使えたことと名賀家の血筋は」
「しかし、圭子様、それでは何故……」
「傀儡だからだ、お前が」
 その時になって糸蘇は察した。圭子は単に悪態をついて傀儡と呼んでいたのだと思い込んでいたが、どうやら違うらしい。
 それでは、圭子のいう傀儡とはいったい何なのか。
 その答えを圭子は、正しい血と作られた血の差だ、と説いた。
 たとえば圭子は外の国で生まれて香治の国招かれた者だが、それ以外は法家と名賀家の血筋から生まれた女たちである。これは、単なる生まれた土地の違いなどではない。両者の間にある明確な開きとは、もともと神代の巫女が生まれえる血筋から“自然に生まれた子”と、その血統にいる者を香治国の親族と契らせ、何度も繰り返した近親婚から“孕ませた子”という違いがある。 
 つまり、圭子は自然に生まれた神の子であり、そうではない半端な力しか持ち合わせない神代の巫女たちは、作り物ということになる。
 糸蘇が自身の血筋を考えた時、それが自然に生まれたものではないと考えざるを得なくなる。
 父玄仁を思い浮かべれば明らかで、糸蘇には斐川家の血が流れている。その父の出生もまた複雑なもので、父の母、つまり糸蘇にとっての父方の祖母は、父と同じく法皇の子だったと聞かされている。つまり法皇を真ん中に置いた近親婚の果てに生まれているのが父であり、その末端に糸蘇がいるのだ。その近親婚の歴史には、他の神代の家系から流れてきた血も混ざっている。
 糸蘇には名賀家に神代の血が流れていなかったとしても、法家の複雑な血筋に依る神代のそれが流れている可能性が存分にあり、それが圭子の言葉に繋がるわけだ。
 圭子は、そうした者たちのことを法家に弄ばれている存在だと解釈している。だから、傀儡と呼んで蔑んでいるのだ。
 そうと知った後で、糸蘇は随分と落ち込んだ。父と、その彼方にいる法皇に抗って生きているつもりでいて、手のひらで転がされているのだろうかと、考えさせられたからだ。
 それを見越したのか、以降、圭子は紫蘇のことを傀儡と呼ばなくなった。
 己の存在を一人の個として受け止めてくれている、と思うと嬉しくもあったが、やはり圭子は優しくはなく、いつも凍土のように冷めた目をあちこちに放ち、他を寄せ付けない存在だった。
 圭子は、いまやこの世にいない。五年前の龍頭節で故郷へ帰った際に殺されてしまったのだ。圭子の死の経緯を知った時も、糸蘇は同じようなやりきれない感情を抱いたものだ。
 彼女の故郷には忌まわしい風習があった。“踏み均し”と呼ばれていたその風習は、そのまま、貴族の社を建てる前に地面を踏み均して地面を固めるとともに土地へ祝福をもたらすものだったが、その行いを一糸まとわぬ女たちにやらせるという下卑たものだった。すべては貴族の悦びによるものだ。
 圭子はその風習を潰した。己の内に秘めた神代の力ですべての土地を均し、習わしを無用の長物へと変えたのだ。娘を持つ親たちが歓喜する一方で、貴族の怒りを買った。当然、圭子自身もその事は察していた。だから、年に一度の帰郷の折にも警戒を怠ることはなかった。それでも、圭子は惨殺された。貴族の手によってだけではなく、玉の輿という場を失った平民の中の、一部の親たちに殺されたのだ。
 最後に圭子と交えた言葉は覚えていない。印象深いのは、法皇から目を離すな、という言葉だ。その言葉を糸蘇は継いだつもりでいる。それともう一つ。
『神代とて化け物じゃ』
 平民や貴族からすれば、圭子は異物だった。踏み均しがなくなった後の、圭子の郷里がどうなったのかは分からないが、少なからず変化があり、平民たちにもそれまでになかった不利益が生まれたはずだ。となれは、その怒りは誰かに当てなければ納まらない。そして、それが神代という名の化け物に放たれたわけである。
 圭子の言葉は自身の最期を意図していたわけではないだろう。が、結果的にそうなってしまった。
 今、糸蘇の目は、鏡に映った己の目をとらえている。今になって初めて気が付いたが、圭子の目つきに似ていた。
 今の己と記憶の中の圭子で異なるのは、持てる力の種類だけだろう。
 時に糸蘇は、圭子や湖袖、灯放の力の純粋さを羨ましくも思うが、同時に考える。その力を恐ろしく思ったことはないのだろうか、と。まだ物事を深く考えることのできない灯放はさておき、圭子や湖袖は糸蘇よりも年上で、世の中を熟知した女たちだ。
 たしかに彼女らの力は、人の命を直に扱うことができる糸蘇と比べれば効力という点で見劣りがするかもしれない。しかし、万人の足元にある地面、暮らしに不可欠な水、そして家屋を焼き払う火をいとも容易く動かす神代の力は、集団を生かしも殺しもしうる。
 もしその力を己が手に入れたらば、一番に恐れるだろう。
 だが、その恐れさえ、今は微々たるものだ。己の力に畏怖するのはただの懸念でしかなく、例え力を手に入れても、扱う己の自我さえ保たれれば、恐れるまでもない。
 本当に恐れるべきは、この地にその神代の力を集め、また一族を使ってその力を創造しようという法皇なのである。
 それを誰かが止めねばならないとした時、一番槍は己の手にあると糸蘇は確信している。
 確かに己は、今もまだ傀儡かもしれないが、何もできない傀儡ではない。曲がりなりにも力があるのだ。確かに戦いには向かない力だろう。しかし、それでも糸蘇は隙を見て法皇に一矢を報いなければならない。例え、法皇と刺し違えることになったとしても。
『法皇から目を離すな』
 鏡の中に生きる圭子の目が糸蘇を見つめていた。

続く