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神代の子 ―贄―

十一.

 糸蘇は人知れず身震いをしていた。つい先日雪をかぶった北の白大羽山(しろおおばやま)から吹きおろす風が、冷たかったわけではない。確かに季節の変わり目というものは、とりわけ寒く感じるものではある。どんなに襦袢を重ねても防げる寒さは陽光に劣るし、風は鋼を持ってせねば防げない。しかし、今は例えその鋼を纏っても無意味だろう。心がむき出しなのだ。
 戒羅の真っただ中にありながら、糸蘇は祭事ではなく己の心と向き合っていた。 普段ではありえないことだった。普段なら、庵に入った糸蘇は戒羅の戦いが終わる時まで不死の術を唱えることに集中し続けねばならない。そうしなければ、姫守は壬生の凶刃によって命を奪われてしまう。
 だが、今日はそれを怠っている。
 何も姫守として立っている者を憎んでいるわけではなく、確信していたのだった。今日、鬼手を務め続けてきた壬生が敗れることを、である。
 過去に始まりがあったものは、未来に終わりを迎えることになる。人の生死はおろか、神の治めた御世さえもその始終の定めから逃れえなかったのだから、たった一人の戦い手の責務も、当然のことその範疇から出るはずもない。
 祭儀場の庵に籠ってからというもの、そのようなことを考えていた。
 それほどまでに、壬生と対峙する男は糸蘇の目に強く映っている。
 知る限りでこの錆止という男は太刀を獲物とする一介の剣客であって、正眼に構えた正攻法の剣術で着実に実績を積み重ねて姫守の頂点ともいえるほどに上り詰めた男のはずだ。しかし、どうだろう。今の動きはそれらが霞むようだ。足の運び、手の運び、視線の交え方、そして呼吸の仕方に至るすべてに険がある。まるで所作そのものが砥ぎ澄まされた刃だ。あれは、勤めで剣を学んだ武家者や地侍の類ではない。生殺で剣を学んだ修羅の類に見てとれた。
 今の今まで、名だたる姫守たちが壬生に敵わずにいた理由は、生死を目前にした勝負に臨めなかったからだと、糸蘇は考えている。壬生を最も近くで見続けてきた糸蘇が思うのだから、その見分は狂ってはいないはずだ。しかし、修羅たる錆止にその類の理は通じえない。となれば、あとは本当に刃と腕の勝負でしかないのだ。
 壬生は圧倒的に刃で勝り、腕で劣る。どちらがより大きな影響を勝敗にもたらすかと言えば、だれもが腕と答えるだろう。刃は攻め手になるが守り手にはなりえない。だが、腕どちらをも補うことができる。
 思えば思うほど、先には壬生の敗北しか見えないのだ。
 周囲の者たちは、きっと不可解だろう。贄姫がここまで鬼手に傾倒しているのは、聞いたこともないはずだ。ただ、糸蘇がその感情をひた隠しているとはいえ、気づいている者も居たかもしれない。少し前に姫守を務めた白露は、同じ女とあって気づいたようにも見えた。彼女が壬生に敗れたのは決して心が揺らいだせいではなかろうが、少なからずその責任を糸蘇自身が感じたものだ。
 そこまで心を揺さぶられていながらも、糸蘇は不死の術を壬生に対して唱えようとはしない。考えはしたが、すぐに改めた。
 あれは人心を失い御神体に心を飲み込まれた鬼畜であって、もはや在りし日の御条親王ではないのだ。その外道が命を落とすというのなら、それを見守るべき立場に己は立っている。神代の巫女を代表する人間の一人として。
 しかし、後々に糸蘇は泣くだろう。ひと気のないところで。父の知らないところで。心は今にも折れそうなのだ。雪を乗せすぎた松の枝のように、既に地に着くほどしなっている。
 もっとも、今はその表情をおくびにも見せることは許されない。だからぶつけるしかない。すべての根幹にいる法皇の顔に。そして、その虚像を上から塗りつぶすようにして、かつての師の眼差しを思い浮かべるのだ。
 見物席から大歓声が上がった時、糸蘇は目を閉じていた。どう終えたのかは見ていなかったが、壬生が右腕を抑えて転げているのを見て、糸蘇は息を吐いた。白く、熱のある息だった。それも白大羽山から降りそぐ寒風に、すぐかき消された。
 年の瀬に控える龍頭節を前倒しにせんばかりに、歓声は集落に拡がっていく。その中で、見物席から祭儀場に転げ落ちるほどにはしゃぎ回る観衆たちよりも、そそくさと舞台を片付けようと動く張り番たちのほうが、糸蘇の目には残酷に映った。しかし、その役人たちの手筈通りの働きが、糸蘇に終わりを告げているのだと思い、糸蘇は観念した。
「終わった、か」
 促されたわけでもなしに、糸蘇はつぶやいた。
 不思議と、安堵が表われた。
 魔太刀に操られた愚か者とまで揶揄された妖し刀の使い手が、戦い手という役割を終え、法家にとって無益な存在になったことで、もう人を殺めることがなくなったのだ。大衆の前で、むごたらしく惨殺されることもなく。それで十分だろう。御条親王にとって最良の終焉はこれ以上望めまい。
 冷静さを取り戻した糸蘇は、御神体を拾うべく庵を下りる石段に足を乗せかけた。だが、姫守を務めていた錆止が禍差に視線を送っていることに気づき、すぐに庵に戻った。
 禍差の正体を知らない人間が安易にそれに触れて良いものではない。大急ぎで禍差の周囲に結界を張らねば、第二の壬生が生むことになる。
 不死の術に比べれば、結界のそれは他愛のないものである。ものの数瞬で生み出すことができるが、面倒なのはそれを維持するには唱え続けねばならないことだ。そしてそれは、人目につかない庵の中で施すべきことである。
 即時に糸蘇が張った結界は、禍差に手を伸ばした錆止の手を弾いてくれた。後は、彼が諦めて立ち去るのを見届け、人が払った後に糸蘇が拾えばいい。
 錆止はすぐには立ち去らなかった。代わりにちらりと、こちらを見た。反射的に糸蘇は口元を隠したが、間に合わなかったことだろう。勘の良い男だとしたなら、こちらが阻害したことに気づいたはずだ。
 錆止は短くも明らかな戸惑いを浮かべた後、歓声にはにべもくれずにその場を後にした。
 糸蘇は、不穏を感じ取った。悪寒と言ったほうが正しいのかもしれない。曲がりなりにも安堵の後に味わっただけに、より錆止という男の行動が際立って見えた。
 決して張り番たちの片付けの手伝いをしようとしたわけではないだろう。彼が禍差を見つめていた時間は、それ以外の目的を示唆するようなものだ。何か格別の興味がなければ、あのように遠巻きに見るようなことはしないはずだ。
 糸蘇は錆止の影が祭儀場の境界を離れたのを見届けてから禍差を拾うと、しげしげとそれを見つめた。
 妖力を封じる術を知る糸蘇にとって、禍差はただの刀に過ぎないが、どのような人間がこの刀に興味を抱くのだろう。想像に易いのは、人を殺すことを嗜む程度に考えるような素行の悪い者である。錆止という男はその限りにないと思っていた。少なくとも戒羅で、相手に止めを刺した姿を知らない。
 錆止の興味がこの刀に狂気以外にあるとするならば、それは一体なにか。
 振り返れば、禍差を戒羅で使わせることを言い出したのは法皇だが、その時には当然過去を明るみにさせないことを言い含めていた。過去とはつまり、壬生の誕生と下都留の件である。名賀家と張り番たちは、次善策として、禍差が狂気の妖し刀だという流言を撒いたわけなのだ。つまり、この集落で初めて禍差を耳にした者は、その存在を狂気として認識しているはずなのだ。
 再び、遠くから眺めていた錆止の姿を思い返す。
 あの眼差しは、狂気ではなく興味が本位だった。
 下津留か――。
 不安が一気に腹を下った気がした。
 刀を手にしたまま立ち尽くしていると、あわてて近寄ってきた内裏勤めの宮司たちが糸蘇の手から“狂気”をひったくった。
「ご苦労さまでごじゃります」
 宮司のささやきが、再び糸蘇の時を動かした。
 
 祭儀場を離れると、急に悲しい感情がこみ上げてきた。今の心の真ん中にいるのは壬生であり、御条親王である。
 糸蘇の人生に御条親王が現れてからというもの、その存在は心の中にずっと居続け、その分だけ父の姿が霞んでいった。人の心を占める他人への想いは、常に決められた量の中で配分されるというのも虚言ではないのかもしれない。
 その愛しの親王が御所から消えたことで絶望した後、名を変えて戒羅に参加していると聞いた時に、どれほど胸が高鳴ったことか。本当の心から浮かぶ感情は詩にするのも難しいと知ったほどだ。思えば、糸蘇を戒羅の中心に導いた不死の術も、もともとは御条親王を護ろうと身につけたものだった。それも、今日で意味を失ったことになる。
 一人、しばらく歩き続けて戒羅の喧騒から解放されたことを感じると、もはや糸蘇は師のまなざしを思い浮かべることができなくなった。今の己の目は、堰を超える寸での濁流に等しい。
 もし、この状況で糸蘇が涙をし、その様を誰かが見たら、集落は騒ぎになるだろう。戒羅の主役たる神代の巫女が、妖し刀に振り回された鬼畜に加担しているのではないかという憶測が飛び交ってはいけない。
 糸蘇は目を伏した。帰途ではあったが、その目を自室まで開くことはなかった。
 しばらくの時を空けて、ようやく景色を眺めた時、空はすでに暗転していた。納メ式を経て半刻余りが経った頃合いを考えれば当たり前のことだが、先行きを暗示しているようで悲しい。まだ、まぶたの裏側にいる御条親王の思い出を辿っているほうが心が安らぐ。しかし、それは“逃げ”でしかないことぐらい承知していた。
 行燈に火種を投げ入れて、糸蘇は鏡台の掛布を捲った。そこに映った己の瞳は兎のようで、か弱い女のそれと同じだ。
 情けない。情けないぞ、神代の巫女――。
 糸蘇は自らを謗った。そうしなければ、何かが保てなかった。外を振り始めた雪は、まるで糸蘇の心情に無関心だった。
 それから二日ほど間、糸蘇の目に見える世の中は明け暮れを繰り返すだけで、さざ波のようなのものになった。やがて、満ち引きを見つめるだけの日々は終わり、迎えた次の朝は乾いたものだった。
 外は、白銀に覆われていた。その中で、張り番たちが屋根に上り、雪を落としている。内裏じゅうの建物が雪の重みで崩落するのを防ぐためだ。力仕事は戦い手を雇って、普段は櫓からほとんど出ない彼らだが、こういう時ばかりは高みの見物というわけにもいかない。何しろ彼らの詰める櫓の大黒柱は内裏の建物のそれらとつながっている。どこか一つが倒壊しただけで、櫓は傾くのだ。ちょうど、神代の巫女たちが戒羅を支えているように。巫女たちさえも、誰かに支えられているように。
 形こそ歪んだものであっても、壬生は糸蘇にとっての柱だった。歪曲した背中に、妖しい曲線を描いていた禍差の本身。見た目にも中身にも、決してまっすぐなものではなかったのだが、それでも糸蘇には欠くことのできない柱だった。
 そればかりか、祖父の寅之雄も、母の麻桐も、恩師の圭子もまた柱だった。彼らはまっとうな柱だ。糸蘇という一人の人間の土台を築き、ここまで支え続けてくれた固い信念の柱である。父玄仁はどうか。それもまた例外にはならないだろう。確かに支えてくれたとは認めがたい。しかし、今の糸蘇にとって、父の行方が知れる日を待つというのは一つの心の支えでもある。
 それらの柱は、今はすべて糸蘇の心にしか残されていない。彼らの思い出はすべて過去の遺物と化してしまった。
 本当の意味で戦いはすでに始まっている。法皇との前に、まず己との戦いである。心がくじけぬようにと糸蘇の闘争心を掻きたててくれていた存在が闇の中に消えた今、頼れるものが残っているとするならば、それは己の覚悟だろう。先々、例え頼ってくれて構わないという者が現れたとしても、この決意は貫かれるべきなのだ。
 糸蘇は手始めにその覚悟の程を示さねばならない。
 真っ白に染まった大地を後ろにして、糸蘇は一本の筆と朱印を取った。氷上に心を置いた心持ちで書いたのは、壬生の処遇を薬殺することに同意する書状であった。
 書状に印判を押して閉じた時、糸蘇はまた己の心が閉ざされるのを感じた。
 どんなに人を殺めたとはいえ、己の中では眩かった御条親王という光を己の手で消した今、残されているのは永久の宵闇である。朝は、法皇を屠るその時まで、永遠に訪れることはないだろう。
 それでもかまわない。
 糸蘇はそう思う。
 今日にいたるまでに、名賀大社は最も年老いた権禰宜を神主とし、新たな時代を迎えることを決めたことが耳に入っている。
 法皇家から過去に名賀家とつながっていた人物の子孫が名賀家に回されたとしても、そこには祖父と母に流れていた血はない。父の血筋に近いだけの人物に過ぎないのだ。
 糸蘇の本来の居場所であった社は、もう糸蘇を必要としなくなった。頼れば華が取り次いでくれるのかもしれないが、その気にはなれない。なぜならば、今のこの状況は喜ばしいことであるからだ。
 社とのつながりが途絶えたことは、法皇とのつながりが絶えたことを意味する。本当の意味で、糸蘇は傀儡ではなくなったのだ。
 やるべきことは見えている。
 神代の血を集めようという法皇の企みを知る者として、それを阻止するために全てを捧げることだ。己の体に不死の呪いをかけてでも、その代わりに縁のなかった者を犠牲にしてでも、それだけは果たさねばならない。
「朝などいらぬ」
 自ずから夜叉になろう。悪の根源である法皇の息の根を止める時まで。
 心を決めた後で、糸蘇は部屋の鏡台から掛布を外したままにしていたことに気づいた。
 逐一己の眼を確かめていたことは、顧みれば情けないことだ。この先は、もう、布を外すこともないだろう。
 蔵に押し込んでしまおうと鏡に触れると、それを待っていたかのように鏡が割れた。長く使われた物は廃棄される時期を自ずと悟るというが、それを表すような出来事だった。そして、いくつにも砕けた鏡の破片は、糸蘇の苦々しい顔とその瞳に宿った白光を静かに映し出していた。

続く