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迷い脚

四.

 古菅の家は、城下の一番北西にある。
 維人はこれから会いに行く人物を思い浮かべながら、乾(いぬい)通りを歩いていた。朝稽古を軽く済ませた四ツ(午前十時)頃である。陽は正午まで続く急な坂道を半分まで登って、今は春日町の上空にある。昨夜はよく眠れたはずだが、何故か一晩で小柏を往復した時よりも足に疲労感が残っていた。乾通りの坂道を一歩登るたびに、右手に持ったひょうたんの中で酒がうねり弾むのが、紐を通して指に伝わってくる。酒は、古菅道場の師範、玄舟斎(げんしゅうさい)の快方祝いだった。
 玄舟斎が道場に顔を見せなくなってから、二年が経とうとしていた。既に還暦を過ぎた老齢であったから、当時はそのままこの世を去るのではないかと門下の間で噂されたほどだ。玄舟斎は唐突に床に伏せたものだから、道場を誰が継ぐといった話はまるでなかった。伏す前の様子では、剣仙ここにあり、と言った具合で、もしかすると米寿まで生きるように思えたせいだ。玄舟斎が病床に就いて一月を過ぎた頃には、さすがに門下は騒ぎ出し、もしもの時のために次の師範を定めようと言う動きがあった。師範代には既に善右衛門が就いていたが、善右衛門は二蔵家を既に隠居していたから、筋違いということで話しには挙がらなかった。玄舟斎にも克太という息子がいて、四十路前と適齢ではあったが、剣の腕は維人の足元にも及ばぬ酷さだ。ちなみに今、玄舟斎が篭っているのは、息子のの克太夫妻の屋敷である。玄舟斎本人は嫌がったが、病気の老人を一人道場に置くわけにも行かず、克太が引き取っている。
 そういった背景があった為に、跡継ぎは話し合いでは決まらず、誰が言い出したわけでもないが、玄舟斎が逝くことになるまで、門下の中で凌ぎ合いが始まった。目に見える変化としては、それまでは季節に一度だった公式戦が毎月になった。
 維人はと言うとそういった流れに逆らいはせず、むしろ己を上げる好機だと捉えて血気盛んに臨んでいた。基之進の足が道場から遠ざかり始めたのもその頃だったが、それは役目のせいだと漏らしていたのを聞いたことがある。その本音を問い正したことはなかった。ともかく維人自身は、善右衛門の稽古も助けて、道場門下の三十名の中の十傑には入るようになった。家中の何位かは分からない。
 玄舟斎は病の原因は胃にあった様で、一時期は何も食べることが出来ずに死に際まで衰弱したらしい。だが、そうしたことを揚々と話す本人を前に、いささか取り越し苦労であった様な気がしてきた。
「そうか。皆、達者であるか」
 玄舟斎が半身を起こした状態で、満足そうにいった。
「お父上は、まだ逹かの」
「はい。それがしは未だに父を越えられません」
「……善右衛門は強い。強くて堅い。越えようなどとは、考えてはならんのじゃ」
 師は、いくらばかりか歯切れが悪くなったように思えた。
「……儂とて、今は負けるやも知れぬ」
 やはり、一度衰弱した体は力を込めるのが難しいのか、力のない手を見据えて言った。維人は、そんなことはと否定しながら、急にさびしい気持ちになった。
「来月の十五の日に、秋の試合があります。それまでには元気を取り戻してください」
 本当のところは今月もあって、玄舟斎が回復するのも待てるのだが、師範の居ない間に毎月になったなどとは言えず、二年前の恒例にあわせた。
(来月は内密にやるように、皆に伝えねば)
 密かに決意した。
 玄舟斎は来月かとつぶやいて、すぐそこに庭を遠い目で眺めた。
 急に、八畳のその部屋が日食に遭遇したような仄暗さに包まれるのを感じて、維人は少し腰を浮かせた。しかし、師を前にして逃げるような仕草は失礼だろうと考えて、座りなおすに留めた。玄舟斎はその武士の眼力で維人の心の挙動を見切ったのか、流れるようにして視線を戻してきた。
「急ぐかな?」
「いえ。お邪魔であれば、お暇します」
「よい。お主の好きにされよ。若者が無理に老人と付き合う必要はないのじゃ」
 その言葉が、師は老いたとの再認を維人に迫った。
「師匠」
 維人は空気にたまりかねて、勢いよく呼びかけた。
「なんじゃ」
「お聞きしたいことが」
「……申せ」
 玄舟斎の背筋が、ぴんと伸びるのを声の奥に感じて、小さな喜びが沸くのを尻目に、維人は佐吉を殺した剣について訪ねようとしていた。剣の話しをすることで玄舟際の目が輝くのではないかという考えもあったが、それ以上に、現在に置いて行かれようとしているのが、玄舟斎の老いの原因だと悟ったからである。昨今の事件を伝えれば、若返るはずだという思惑があった。
「かまいたち、じゃな」
 一言、そういった。
「そのような技、ありえましょうか」
「ある訳なかろう」
 玄舟斎が悪戯っ子のように嗤(わら)う。
「お主はなんと見る」
「……それがしは、力か勢いによるものと」
「未熟じゃのう」
 玄舟斎がきっぱりと言った。
「力と勢いは何が違う?」
 答えようとすると難しいことに気づいた。勢いがあれば力は自然と生まれるし、力があれば勢いも自然と生まれる。力と勢いは表裏一体であることに気がつき、維人は吉田老に伝えた自分の言葉を恥ずかしく思った。
「判ったかの」
 玄舟斎は、老いた樵(きこり)の様な和やかな表情を浮かべて言った。
「力と勢いには見た目の違いがあれど、要は同じなのじゃよ。風が体を押すように、川が水車を回すように、の」
 維人が玄舟斎の目を見て深々と頷くと、老人の眼が満足に満ちていくのが見えた。
「まあ、よい。話を戻そう」
 玄舟際の目が再び鋭くなった。
「その男はおそらく走りこんで袈裟に斬ったのじゃろうて。走りこみながらの腕に力を掛けた一撃じゃ。暗がりであったから、目測に足らず、刃の先が肩から入ることが出来なんだが、勢いがよく、佐吉とやらの背骨を折ったのじゃろう」
 経験の差とも言うべきか、玄舟斎の言葉は机上の空論よりも遠い枕上の空論なのだが、これ以上ないほどに的を得ているように思えた。維人は、なるほど、と相槌を打つのが精一杯だった。玄舟斎の言葉を追うように、頭の中で惨劇の有様を想像して、ふと聞いてみたいことが風呂桶の泡のように浮かんできた。
「どれほどの達人であれば、できましょう?」
「おぬしでも出来よう」
 褒められているのか、貶(けな)されているのか。しかし不快な気分にはならなかった。
「それがしにも……?」
「うむ。こつさえつかめば誰でもできる。剣技なぞは、のう」
 玄舟斎の目が本気でそう言うので、維人は腕組みをして想像してみたが、どう考えてみてもそれは妄想の域を出なかった。
「ご冗談を」
「なれば……」
 維人の言葉に、玄舟斎は眉間を縮めて言った。
「そこから飛んで見なされ」
 白髭の生えた玄舟斎の顎の先に、雑草に満ちた庭が一望できる縁側がある。
「お主にできるか、見極めてやろう。筋が見えたら、儂の取って置きをくれてやるわい」
 最後の言葉が気になったが、今の維人の立場上では父の善右衛門より上役に当たる師範の玄舟斎の言葉である。そむく気にもならず、言われるがままに縁側へ向かった。
 縁側は地面から二尺ほど離れていて、上り下りのために一尺に満たない高さの石が置かれている。石の上には草履が一足だけ不並びに置かれていた。庭の雑草は置石の根元から広がっているわけではなく、縁側の足元には不揃いの砂利が敷き詰められている。砂利はそれなりに層が厚いらしく、強く踏みつけても柔軟な対応を見せてくれそうだった。
「思い切り行くのじゃぞ」
 後ろで玄舟斎の声が踊る。維人は返事もせず思い切り飛んだ。距離よりも高さを出すように意識していた。
 砂利は、予想通りに維人のかかとを柔らかく包み込んで受け止めた。足袋の裏側で小石がぶつかり合って跳ね返るのが感じ取れた。飛び散った砂利が草むらに消えて、辺りを包む空気の流れも沈殿すると、維人の心の中はこれで良かったのだろうかと言う迷いにも似た心情があった。
 振り返ると玄舟斎が顎鬚を砥いでいる。その指の動きが三度目に止まった。
「多恵(たえ)! 刀と袴を用意せい!」
 それから鉢金もじゃ、と老人が吼えた。
 それっきり、玄舟斎は何も話さなくなった。さっきまで体の半分を布団に埋めたまま弱音に近いものを吐いていた老人はどこへ消えたのか、今は背筋をしっかり伸ばして維人の前を歩いている。克太の嫁に用意させた袴を履いて帯刀し、まるで果し合いに向かう様だ。忘れられていた鉢金は維人の額を覆っていた。
 二人は三井川沿いを西へ歩いていた。三井川は城下の近くを流れる川の中で最も短い川であり、少し下流で信川に合流してしまう。しかし、川の流れが穏やかなために小虫が多く、鮎や岩魚(いわな)が捕まえやすいと評判で、釣り人も多かった。今日もそうした者達が目の片隅に飛び込んでは来たが、それらに構っているような心の余裕は少しもない。
 前を行く玄舟斎の歩みが、五寸河原と呼ばれる一帯で止まった。五寸河原は猫の額ほどの狭い河原で、先ほどの庭とは打って変わって密度の高い砂利が敷き詰められている。その上、全体的に石が小粒で滑りやすかった。辺りは二人の腰まで伸びた雑草に覆われていて、収穫時の田んぼのようで人目に付きにくい河原だった。その上この辺りは、先ほどまで散見できた釣り人が全く居ない。
 玄舟斎は鷹のような鋭い目で辺りを周到に見回した後で、維人を手招きした。
「ここへ立て。動いてはならんぞ」
 二言だけ、言った。
 無言で頷いて、離れていく玄舟斎を見送った。その背中には殺気とは別の気迫が漂っているのが感じ取れた。玄舟斎の歩みは九間ほど離れたところで止まった。
 維人は玄舟斎が多恵を呼んだ時に察していた。勢いで斬るというその極意を見せようというのだろう。ただ勢いで斬るのではない。古菅道場に伝わる玄舟流の百年の歴史の中で研ぎ澄まされた技の一つを、あわよくば維人の継がせようというのかもしれない。そう考えれば、縁側から飛ばせたのも納得がいった。ただし、こうした奥義と呼ばれるものは丁寧に教わるものではない。ほとんどが手合わせの中でそれとなく教わるもので、こうした場は古菅道場の過去にもあったかは不明だ。そして、この一度の立会いで引き継げるものかも不明だった。その上、玄舟斎は先ほどまで寝ていた老人だ。
(万が一、距離を誤ったら……)
 急に、きつく締めたはずの鉢金が心細く思えてきた。秘伝の技を見せてもらえると察したために、思わず心が弾んでついて来てしまったのだが、相手は快方に向かっていると言っても病人に変わりないのだ。二人とも無事で終るのだろうかという、変な恐怖が五寸河原を覆っていく。三井川のせせらぎは雨戸の向こうの遠雷のように、別世界の立てるざわめきとして広がっていた。
 維人の視野の中で玄舟斎が居合いの型から、左足を中心にして右足を後ろに下げつつ刀を引き抜いた。照準を維人に合わせるようにして、左肩をこちらに向けて来る。玄舟斎の右手に握りこまれた刀は地面と水平に保たれて、滑るように移動し、その背後に隠れた。
 五寸河原の時が止まった。
 維人は立ち枯れの白樺の如く、身動きをとれずにいる。ただただ、じっと動かない玄舟斎が怖かった。降参したいが動いた瞬間に命を落しそうで、想像するほどに喉の奥が硬くなっていくのが分かる。しかし、その臆病風は玄舟斎が動き始めた瞬間に止み、にわかに技を盗もうという気持ちが生まれた。
 五寸河原に一瞬吹いた風が止んだ時には、玄舟斎は既に維人の左後ろに立っていた。勢い余って走り去ったわけではないことを、今響いた刀の鍔鳴りの音が告げている。出来事が一瞬であったことを維人は実感した。まだ生きている、とは思わなかった。
 あっと言う間に走り寄って、手前で跳躍したことは分かっている。鉢金は金属がぶつかり合ったことを共鳴して物語り、熱を帯びていた。しかし、左から来るだろうと予想していた太刀筋ではなかったために、どのようにして斬られたのか分からなかった。とにかく、左ではなかった。上か下か右から、目にも見えない早さで飛んできたようだ。
(どうやって?)
 家路での腕組みは、草履を脱ぐまで解けなかった。

続く