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迷い脚

十.

 二十日経った。
 秋が本格的に訪れて、蝉がいなくなったことに嘆くかのように、山際の緑もすっかり元気を無くしてしまった。雨が遠のいて少し細くなった信川は、先細る虫たちのざわめきを象徴しているように思えた。
 維人は稲荷参道に差し掛からない、信川のほとりにたたずんでいた。このところ、黒屋には顔を出すが、農作物の収穫前の協定は結び終わったようで、小柏を含む近隣の村々を訪れることは無くなった。維人は信川のほとりでぼんやりと佐吉の遺体が見つかった方を眺めていた。
 迷い脚の件は、家中ではうやむやになっている。
 隣藩のことがあって闇に葬られたのか、吉田老の興味が失せたのか誰も口にすることは無くなった。少し前までは基之進の中でくすぶっていた様だったが、それももう、下火のようだ。実のところ、森野辺の口から聞いた色々な話しは、基之進に伝えていない。志麻の件があってから会い辛くなっていたし、この一件が二蔵家のなかで穏便に済まされようとしているその空気を、維人は読んでいた。
 隣藩の政変が収まったことは、昨日届いた森野辺からの文で知った。勿論、文は維人宛に届いたわけではない。あの時小柏でいっていたとおり、森野辺泰明と二蔵善右衛門は旧知の仲だった。二十何年も前の親善試合で、善右衛門が泰明に敗れて以来の友だった。いつだか、父の宿敵と見て越えようと誓った雨月流の使い手は、森野辺泰明だったと言うことだ。
 だが、そこにも、維人の知らない事実があった。
 善右衛門は正々堂々と戦って敗れたのだと言っていたが、実際には森野辺に勝利を譲ったらしい。その背景について、善右衛門は一切を語ろうとはしないが、森野辺の文にそう読み取れる内容があった。それが、あの日森野辺の言った<二度に渡る恩義>にあたる。その二度目の恩とは、千蔵を屋敷に匿ったことであった。それに関しては、完全に維人は家族にだまされていた。黒屋吾平のお願いで、稲荷参道から三人を連れ帰った時の為三は、翌朝に善右衛門が小柏まで送り届けたと、母の軽に聞かされていたからである。思い出してみれば確かに、あの後数日に渡って維人の隣の部屋に誰がか居たような気もする。
(もはや、どうでも良い)
 家族にだまされていたことよりも、父の宿敵を超えるという目標を失ったことで維人は途方にくれていた。
 この二十日の間、周囲は穏やかに変化していた。まず、二蔵家の中では、嫡男である弟の創次朗の縁談が実り、九月の末に嫁を貰った。創次朗は二蔵家としては次男に当たるため、善右衛門は新居を用意する姿勢を見せたが、維人は自身の稼ぎが無いこと理由にその話しを押し留めさせ、しばらく離れに住むことで、部屋を譲ることにした。自らの居場所をなくすような具合になってしまったが、ちゃんとした努めも稼ぎもある弟夫婦を屋敷から追い出すようなことでは、二蔵家の面目が立たないし、後腐りになりそうだったから、維人自身は満足していた。ただ、長いこと使われていなかった離れはかび臭く、居心地が悪いのは誤算だった。
 二蔵家の外では、あの玄舟斎が死去した。これも九月の末日のことだった。あの日の五寸河原で維人に燕を伝授してから、床上から起き上がることが無くなったため、病状は悪化の一途でそのまま息を引き取ったと言われた。葬式の時に、維人が玄舟斎の息子夫婦に侘びを伝えると、夫の克太は、父が好きでしたことですから、と言及はしなかった。
 維人はそんな周囲の流れに飲み込まれて、今は古菅道場の師範が居座った部屋を借りて寝泊りをしている。五寸河原で師匠が見せた技を、もう一度夢の中で披露してくれないかと言う期待はない。なんだか、ますます独活(うど)のような生活になってきたと嘆くばかりである。
 腹黒い老中に養われて、家中の始末人のような人様に顔向けできない役目を貰う独活にはなりたくないと思ったのは二ヶ月近く前のことだ。考えてみれば、森野辺泰明もまた独活だった。塚本家老の命で、過激派を退けて千蔵を迎えに行くと言う役目を担っていた。それが藩政を救ったことを考えれば、あながち老中に養われる独活と言うもの悪いものではないのかもしれない。しかし、それは今回の場合に限っていえることだ。立場が違えば、書簡狩りをしたあの過激派も独活だ。藩政次第で善にも悪にも化けるのが、土蔵の中で育てられる独活なのだろう。
(そんなものになれば、人との関わりはあまりできないな)
 閉じたまぶたの裏に、善右衛門や創次朗、黒屋の面々に基之進と、見知った顔が次々に浮かんできた。彼らと過ごせなくなるのは嫌だが、このまま無役で迷惑をかけるのも嫌だと思った。見開くと、日照時間が短くなってから伸びる元気が無くした河原の雑草が、芯を弱くして風になびいているのが目に映った。まるで自分自身がそこに投影されているようだった。
 維人は思いついたように立ち上がって歩き出した。その足は五寸河原に向かっていた。玄舟斎が最後に河原で見せた<燕>の謎はまだ解けておらず、玄舟斎が亡くなった今となっては、幻の技となりつつある。流派を継ぐ者として、<燕>を幻の技にしてはならないというは、唯一、維人に残されている使命だった。
 しかし、手がかりはどれ程つかめたのかと言えば、皆無だった。動きを真似ることはできても、剣先がどこから飛んできたのかを考えると全く見当が付かない。それを考えながら五寸河原に向かうのは何も今日に限ったことではないが、それが習慣化されているとは思っていなかった。今の維人には、剣術の修行以外にやることが無い。
 五寸河原も例外に漏れず、砂利の広場を囲む雑草は背を曲げて、背丈を低くしていた。河原の中心を囲むようにして風が渦巻いて、維人の曲げをさらった。周囲に人影は無い。五寸河原はここ最近の維人にとってのみ、思い出の土地になっているが、もともと人が集まるような場所ではないのだ。
 維人は河原の中央に腕組みをして突っ立った。周囲の空気が、維人を観察するように目まぐるしく回転していた。その中で眼を細めたり見開いたりしてみたが、とりわけ見えたものは無く、ため息を一つつくと今度は玄舟斎と立ち会ったときに仁王立ちしたその場所に動いた。
 心の中で、対峙した時の玄舟斎の像が見える。その像は<燕>を疲労した時と同じように動いて、維人に近づいてくるが、肝心なところで露と消えてその真実を映してくれない。深く目を閉じてまた開くと、玄舟斎は元の位置に立っている。
「ふう」
 像は維人の深いため息にかき消された。維人はその場に座り込んで、目を瞑った。
 
「父とはどのような試合を」
 維人が問うた相手は、森野辺泰明だった。
「どう、と言うことはないな」
 森野辺はむっつりとした口ぶりで答えた。
 既に日の沈んだ真っ暗な中山道を、維人が持つ提灯が切り裂いていた。足元に夜明け前のような明るさが映えている。
「勝ちを譲られたと言うことは、つまり手を抜いたと言うことなのでしょう」
「そうだが、打ち合いに格別なことは無かった」
「では、どのように父は負けたのですか」
「簡単なことだ」
 森野辺がもったいぶって言った。
「手を返さなかったのだ」
「手を?」
「左様。そこから先はご自身で見つけられよ」
 森野辺の歩みが急に大きくなって、維人の提灯から離れていく。後を追おうと試みるが影踏みの様に煩わしく、何故か思うように動かない維人の足では捉えることができなかった。
「森野辺殿!」
 叫んだが返事は無い。諦めて踵を返した時、維人の目に燕が映った。燕は維人の目の前を横切るとあっと言う間に上昇して空へ逃げ、点になって消えていった。
 肩を落とした維人の背中に、今度は殺気とも言うべき針のように鋭い視線が突き刺さった。その殺気には覚えがあった。あの日、五寸河原で玄舟斎から受けた、あの身のすくむ様な殺気だった。維人は背後に玄舟斎が居ると悟るまでも無く、振り返ってその姿を確認した。
 しかし、そこに立っていたのは玄舟斎ではなかった。
「基之進……」
 つい、口から漏れた。
 基之進は仁王立ちで、刀を正眼に構えている。示し合わせたかのように、いつの間にか維人も抜刀していた。こうして基之進と対峙するのは何年ぶりだろうかという考えは特に浮かんでこなかった。いまはただ、倒すべき相手が基之進の像をまとって眼前に居る。維人は基之進が打ち込んでくるのは期待して待った。その意に反して、基之進の人影はゆっくりと半身に縮んでいった。忘れるはずの無い、その構えは玄舟斎が見せた<燕>の型であった。
(こいつ……)
 基之進の影は、あの時の玄舟斎のように何も言わないままこちらに近づいてくる。維人はあせった。しかし、身を引こうにも何故だか体が動かない。水が引いたばかりの田んぼのぬかるみに足を突っ込んだかの如く、膝から下に力が入らなかった。
 維人は水平感覚を失って大きく背中を反り、そのまま仰向けに倒れた。見上げた天に、燕が優雅な弧を描いて、その流れの中に<燕>の真髄が見えた気がした。
 
 夢だと気づいた時、維人は五寸河原にあぐらをかいたまま寝そべり、空を見上げていた。燕はどこにもおらず、空を横切った烏が夕暮れを告げている。三井川のほとりは少しずつ熱を失って冷え始めていた。維人は上半身をゆすり起こして、再び目を閉じた。たった今見ていた夢の感覚を忘れたくないがためにとった行動だった。しばらくの瞑想のうち、維人は立ち上がった。
(手を返す、ということか)
 夢の中で森野辺が言っていたその言葉は、実のところ森野辺本人の口から聞かされていた言葉だった。森野辺が二蔵の屋敷を訪れて、千蔵を連れて帰った時のことである。あの日森野辺は、人目を忍ぶために夜半に二蔵の家を出て、中山道へ向かった。義成が宣言した一月という順義公の探索期間は終わりを迎えていたため、千蔵の持つ上意文を早めに家中に届ける必要があったからだった。森野辺のみならず、千蔵も雨月流の使い手であることはその時に知ったが、夜襲を掛けられては一たまりも無いからと言う善右衛門の計らいで、土地勘のある維人が藩の境まで案内することになった。
 森野辺泰明と二蔵善右衛門の親善試合の件はその時に森野辺本人の口から聞いたものだった。その時に聞かされた<手を返す>という言葉が、たまに維人の頭を掻いては消えていた。どこかで<手を返す>のと<燕>が結びつきそうな気はしていたのだが、それを顕在化させたのは夢の仕業だったと言える。
(今のは、師匠の魂が見せてくれたのだろう)
 率直にそう思った。師匠が最後に力を見せた、この五寸河原である。もっとも、夢の中で<燕>見せてくれたのは玄舟斎ではなく基之進だったが。
 維人は立ち上がって今見た夢のままを自らの体で再現してみた。思ったとおりには手足が動かず、滑らせて刀を落としてしまったが、空っぽの手に確かな手ごたえが残っていた。
「ははは」
 山際に広がった残り陽を背に、維人は思わず笑った。毎月の交流試合を十日後に控えた夕暮れのことだった。

続く