web clap

門下録

四.

 十日が過ぎた。
 人の伝を頼って修宗寺を探しては見たが、手掛かりらしい手掛かりが見つからない。文楽という尋ね人もまた、同じだった。
 もっとも、誠四郎がこの十日間をそればかりに費やしていたかというとそうではない。近しい人物が二人も死んだ誠四郎の周りは、当然のこと、いつもより慌しかった。
 小山近衛の屋敷は、誠四郎が屋敷を訪れたあの日の深夜に出火し、全焼してしまった。翌朝に野次馬に紛れて覗きに行った時に、焼死体が二つ見つかったという話しを聞いた。一つは小山近衛で、もう一つは黒焦げではっきりしていなかった。検分役が判断に困るとこぼしていたのを立ち聞きしたが、六尺近くという高身長から新沼藤次に違いなかった。
 半重にせよ、新沼にせよ身寄りが少ない。既婚の半重はすぐに喪主が決まったが、独り身で親も既に高いしている新沼は喪主が決まらず、結局は交友のあった者たちの手で葬られたのだった。新沼は小山近衛の家系の墓の傍石に名こそ刻まれたものの、納骨は共同墓地に収まった始末であった。それは暗に、それだけ佐久間道場の門下生が減っていたことを示していた。新沼の家筋を調べるほどの金も、寄せ集めで小さな墓を立ててやる金も集まらなかったのだ。
 一方の半重の葬儀はというと、半重の妻である紗世(さよ)を中心に粛々と行われたが、実は誠四郎はちゃんとした形で出ていなかった。逢いたくて、会いたくない人がいたために、編み笠を深くかぶり、まるで虚無僧のような出で立ちで焼香を上げるに済ませていた。きちんと斎場まで手伝っていた佐久間元(はじめ)には、新沼の葬儀を口実にごまかした。
 そんなわけで、この十日間のうちに誠四郎が会ったのは、御家や城下のことに詳しい年寄り衆や酒場の姐御に、佐久間万学の息子の元ぐらいである。
 外に手がかりを得られず、誠四郎は訊きまわっても無駄だと思い始めていた。その上、隠密方の名を直接口に出すのは、危険が多い気もする。なにせ関わりのあった者はことごとく殺されているのだ。
 行き場を失った誠四郎は、半重の喋っていた言葉を振り返り、手記に残す習慣を築くようになっていた。こうなってしまっては、半重の遺した言葉だけが頼りだ。
 季節は、冬に入っていた。
 少し前までは我慢もできたが、もはや火鉢がなくては過ごせず、雪を見るのもそう遠くはないと推せるほどだった。実際に、その日の空は雪暮(ゆきぐれ)で、ぼんやりと煙る空を降るのか降らんのかと見上げる内に、誠四郎は縁側に座り込んだ。
 誠四郎の目は、元の口から半重の死を聞いた日と同じように、庭を眺めている。
 庭の右奥にあるこじんまりとした池は、一昨日辺りから氷で蓋をされている。
 池の手前にある黒ずみは、この前に落ち葉は焚いた火の燃えかすだ。
『あれ、消さないのか』
 いつしか急に訪問してきた半重が、くすぶった焚き火を指差して言ったことを、ふと思い出した。
『わざわざ消さなくても、そのうち消えるさ。
 どうかしたのか?』
『……いや。前に見たの火事を思い出してな。見るに耐えん』
 その時の半重は、どこかの寺の火事に遭遇したと言っていた。焼死者が出たわけではないが、焼け落ちた本殿の屋根の下から突き出した千手観音の無数の手が嗚咽を覚えさせるのだ、と言った。
 火事、か。
 小山近衛も新沼藤次も殺した炎である。
 誠四郎の頭に、その二文字がゆっくりと燃え始めた。
 半重の話にあった火事は、今から二年ほどにあった事件のはずだ。おぼろな記憶では、その火事は不審火が火元だったとは聞いていたが、寺の坊主が火傷したとか、和尚が死んだとかいうような世間話は聞いた覚えがない。不思議とあがらなかった。
 今になってじっくり思い返してみると、その事件は半重が隠密方の話をこぼし始めた時期に微妙に重なる気がしてきた。今になって、だからかもしれない。
 誠四郎は空を見上げた。
 その視線とすれ違うように粉雪が舞い落ちてきた。木枯らしが通過した後の冷たさを十二分に含んだそれだったが、誠四郎の燻りをかき消すには足りなかった。
(誰に聞こう)
 二年前に家中で大きな火事があったのか。
 誠四郎は腕組みをして狭い庭を歩き始めた。
 不意に蹴り上げた焚き火の燃えかすが音もなく飛散する。
(いや、誰に聞ける?)
 小さく、組織としての歴史も浅いこの御家には、騒動を取り仕切る職というのが目付方しかいない。しかし新沼には、よせ、と言われた。考えてみればそれもそのはずで、事を起こす隠密方と処理をする目付け方の間に情報の融通があったとは思えぬし、あったのしても犬猿の仲だろう。
 だが、他に思い当たらないのも事実だった。
 薄い絹のように透き通った膜が庭を包む。
 その細やかな雪の膜を汚すようにして誠四郎の草鞋の跡が右に左に動き、やがて足跡は狭い庭で迷子になった。

続く