web clap

門下録

十二.

 加藤は誠四郎が佐久間の家を訪ねた理由から質問してきた。
 誠四郎が内容を伏せて借りた冊子を返すためだと答えると、やはり加藤は何の冊子か見せてほしいと言ってきた。
「先生が門下生の記録を書きとめた冊子だ」
 ぱらぱらと冊子をめくる加藤を前に、誠四郎が説明する。
「借りても?」
「どうだろう。
 道場のものだから、俺には権限がない」
 実際には、今手放す訳には行かないと思ったがための答弁だった。
「ならば写し取る」
「それなら構わぬが、量が量だぞ」
「全部は写さん。我々にとって、必要と思える内容だけだ。
 ただ、そうは言っても時間は掛かる。終るまでは付き合ってもらいたいが」
 下城の鐘はとっくに鳴っていた。
 部屋は蝋燭の明かりに辛うじて照らされ、炎が揺らめくにつれて、二人の顔の陰影は刻々と変わっていく。誠四郎は、今日のうちには帰れまいと覚悟していた。
 誠四郎が面倒を装ってうなずくと、加藤は身を乗り出し、廊下の奥の闇に向かって、
「源祐!」
と誰かの名を叫んだ。
 誰の返事もなかったが、少しの間の後に、奥のほうから床がきしむ音が聞こえ始め、徐々に近づいて来た。
 奥から現れた源助という男は、魚のように飛び出した目玉の男だった。その目玉が暗闇で二つ、誠四郎の体を縦横に二周した。気持ちの悪い動きだった。
「お呼びで?」
「転写してくれ」
 加藤は誠四郎に聞こえるように言った後、二言三言耳打ちした。
「もう、知っていると思うが」
 源祐が下がった後、加藤が言った。
「このところ佐久間道場に縁があった人間ばかりが死んでいる」
 ふうっという溜息が続いた。
「確かに。多恵殿で、四人目になるか」
 誠四郎が言った。
 倉橋半重、新沼藤次、山口孝介、それに佐久間多恵。いずれも佐久間道場に関わりを持っていた人間だ。しかも多恵は道場の敷地の屋敷で殺されている。
「うむ。そうなるな」
 そう言って加藤は背中の書棚から冊子を抜き出し、記録を付けはじめた。
「あまり覗き込むなよ。人に晒してよいものではないのだ」
 首を伸ばす誠四郎を抑制して言ったのだが、隠す素振りは見せず、むしろ誘っているようにも見えた。
 関係者として知っておくべきことと、加藤は個人的に考えているのだろう。
 誠四郎はその誘い通りに検分記録の始めから目を通した。
 
  倉橋半重
   十一月十四日。
   三天院小路、中条付近ニテ斬殺。
   翌日、倉橋紗世ガ捜索中ニ発見。
   左腹部ニ裂傷アリ。傷深ク、失血
   ニヨル落命ト考エル。
 
  新沼藤次
   十一月十八日。
   半目町、小山屋敷ニテ焼死。
   遺体ノ炭化ニヨリ検分ツカズ。
   五尺八寸トイウ身長カラ、新沼
   藤次ト判断ス。
 
 加藤は誠四郎の盗み見にに気づかぬふりをして、佐久間多恵が死んだ状況を書きとめている。山口孝介に関する記述は、加藤の右手に隠れて見えなかった。
 誠四郎は半重の記述を呼んだだけで吐き気がし、もう十分だと思った。
 半重が殺された三天院小路の中条とは、室町の初期に流れてきた藤原の一族が建てた三天院に通じる参道のことだが、今は廃れに廃れて山賊の根城になっているという噂だ。
 そんなところに半重は何をしに行ったのか。誠四郎にはそれを知る術がない。それは加藤たち目付け方にとっても同じだろう。
 加藤は尚も真剣な面持ちで筆を滑らせている。
 下の字を隠していた右手が少しずつ動き、続きが読めるようになった。
 
  佐久間元
   十二月四日。
   東堀ノ積雪ニ埋モレルヲ、朝廻リノ
   家士ガ発見。殺害場所ハ不明。
   全身ニ拷問ノ痕アリ。

続く