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リルジャの足枷

I.知る者

 古都アインガストが、真ん中に受け止めるハイデンヒム街道。
 人の大陸レフェスと古代人の大陸ラトディアを結ぶ唯一の道であるディアクク修行路から派生するその街道は、レフェス中に散らばる小さな自治公国を結んでいたと言われている。それはつまり、ラトディア人の末裔であるカーナロキアンが一つの統一王朝を形成していた頃のことで、歴史の始まりの断片とも言える由緒ある道だった。
 しかし、今まさにその道を通り抜けてアインガストにたどり着いた黒いフードの男には、どうでもよいことなのだろう。男は古都の外門を前にして、路に唾を吐いた。
 乾季の風が土を巻き上げ、のどを困らせる季節でもある。
「ふうっ」
 男はため息いて、アインガストの門をくぐった。
 季節柄、フードをかぶって口までも布で覆っている輩は多い。よほど慣れているか鈍感でない限り、そうするのが普通だ。それでも、その男は周囲の者よりも目立っていた。それはひとえに、頭一つ高い背丈と大剣の似合う肩幅がそうさせていた。廃れ始めて数十年を経たアインガストの古都で、旅人は珍しかった。
「何をお探しかな」
 人の込み合っている市場を避けようと小道に入った時に、声をかけてきた老人がいた。
 老人の腰には銀飾の小皿が紐で結ばれている。旅人を捕まえて話を聞かせ、報奨に金銀をせがむつもりなのだろう。
「道をあけてもらえるか。ただ通りすがっただけだ」
「街道の果てのこの街に、通りすがっただけはないのではないのか?」
「あんたには関係のないことだ。
 金目当てで嘘をつくような輩を相手に話すつもりはない。
 さあ、道をあけてくれ」
「まあ、待ちなされ」
 老人はあきらめが悪いようで、男にすがった。
「しつこいな、じいさん」
「悪く思わんでくれ。暮らしがかかっとるでな。
 パレグレオ銀貨一枚でももらえれば、先二月は生活ができるのじゃよ」
 やはり金目当てか。
 男が苦り切って老人をにらむと、老人は伏し目がちになって口をとがらせた。
「いや、金をせびるわけではない。お前さんにとって有益な話が得られたら少し恵んでくれという、ただそれだけじゃ」
「……」
 男は老人を見つめた。
 路銀につかう銀貨は出してやれないが、どこかで手放そうと思っていた鉱石ならば持っている。
「何の話が聞ける?」
「この街の事ならほとんど。
 こう見えてもかつては中央議員を務めておったぐらいじゃ。
 ここで話しにくければ、場所を用意しても構わんぞ」
「いや、ここでいい」
 男は老人の誘いを拒んだ。旅人を誘い込んで追剥まがいのことをする者はどこにでもいる。
 男と老人は道端に座り込んだ。
 老人が足元に銀飾の器を置く。見かけより安い作りをしているのか、器は路上の煉瓦と接しして軽い音を立てた。一枚の金属板でつくられているようだ。
「何が知りたい?」
「……アンクレット・アーク」
 瞬時に老人の目が丸くなった。
「ほう。また、難しいのう」
「それが答えなのだとしたら、俺はいくぞ」
「その方が正しいかもしれぬ。
 残念ながら。お前さんの求めるものはこの街にはない」
「そうかい。邪魔したな」
「待て、何か忘れておらぬか?」
 老人は器を指ではじいて鳴らした。
「ただ同然の話を聞かされても金は出せん」
「無いことも大事な情報ではないか?
 この街は大きい。くまなく探せば一年はかかろう。
 わしは今、お前さんが一年かけて知ることを一瞬で教えたのじゃよ?」
「ふん。アンクレットにたどり着けぬ情報など、俺には無価値だ」
 フードの中の口が苦り切った。
「この街にはないが、在り処を知っている」
「へえ。それはどこだ?」
 老人は皿を見た。
「わからんか?」
「聞く前に払う約束はしていない」
「……考えてみたら、お前さんには聞き逃げする足がある。
 老人はいたわるものじゃよ」
「食えねえ爺さんだな」
 男はやれやれという顔をして、懐から赤い石を取り出した。
「セオン紅石。この辺りでは手に入らない希少な石だ。娼婦なら三年は連れ添える。
 あんたの得意な取引で物好きと換金するがいいだろう」
 老人は石を手に取ると、南中する陽にかざした。紅石に曇りがないことを確かめているのだ。中央議員だったと話した老人の過去は、単なる自慢ではなかったらしい。
「よいじゃろう」
「場所は?」
「アンクレット・アークは存在そのものが歴史であり、伝説じゃ」
 老人は紅石をしまいこみながら話した。
「よって、伝説をたどれば、必ずみつかる」
「……同じようなことを吹き込まれて、ここに来たのだがな」
「まあ、そういうな。
 ここらの語り部には、そのようにしか伝えることができぬのだ」
「御託はいい。場所を教えてくれ」
「レメティアの塔」
「……どこにある?」
「東の海辺じゃ。じゃが、海沿いにはたどり着けん。海霧が邪魔をして場所が定まらんからのう。羊飼いに聞けば、山岳を抜ける道を教えてくれるじゃろ。
 ちょうど今の季節は、毛を売りにこの街に下りて来とる」
「……レメティアの塔にあるのは、アンクレット・アークの何だ?」
「鍵穴があるとは聞いたことがある。実物はお前さんの目で確かめるがよかろう」
「ふむ」
 男は立ち上がりながら、紅石をもう一つ取り出して、皿に置いた。
「気前が良いのう。じゃが二つはいらん」
「なんだ。嘘をついて後ろめたくなったか?」
「半分は、の。多くの伝説はデマを伴う」
「それを言い出せばきりがない。それでも追うのが旅人だ」
「なるほど。もっともじゃな」
 老人はそう言って、また紅石を天にかかげた。
「ところで、お前さんのその、左腕の包帯はなんじゃな?
 この季節じゃ。蒸れて暑かろう」
「爺さん、聞かない方がいいこともある」
「……そうかい。
 じゃあ、わしゃ、それがベイレオハルトの呪いではないことを勝手に祈ろうか」
 聞くなり、フードの男の目から人間味が失せた。
「……」
「図星かね? グレナード・ラスタニア……」
「……」
「こんな辺境でも伝わるものは伝わるのじゃ」
 グレナードは、フードの奥に隠された眼で老人を睨んだ。マントの裏で小剣に手を置いている。
「大国を火の海に沈めたキングダム・イーターが“囚人”の力を何に使おうというのか、聞かせてほしくはあるが、まあ、答えぬじゃろうな。もしやこの街も沈める気かな?」
「……」
「ふむ、それもよかろう。すでに滅びたに等しい形だけの都じゃ。
 では一つだけ忠告しておくとするかの。
 この街を無事に去りたくば、露骨に出歩かんことだ。
 わしのような死を待つ身にはどうでもよいが、お前さんを捕えて王都に返り咲きたい流れ者は多いぞ」
「……忠告はいただいておこう。
 だが、爺さん。知りすぎると寿命が縮まることも、知っておいた方がいい」
 グレナードは左手を隠しながら立ち上がり、その場を後にした。

続く