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リルジャの足枷

XI.再会(2)

 男の奇妙な自己紹介まで聞く必要はなかった。アヴェリーの知っているハーサット・キベックは一人しかいない。まさしく騎兵隊になれなかった男だ。
 アヴェリーとハーサットはエネハインの見習い兵として同期であり、その時代からの親友であった。そろって志願した第一騎兵隊にハーサットだけが落選した時が二人にとっての分岐点であったが、その後も旧友の一人としての連絡は取り合っていた。
 しかし、エネハインが崩壊した日を境に、親交は途絶えた。アヴェリーは、エネハインに残っていた仲間たちがどうなったのかを知る方法がなかったし、一方のハーサットも、自分のことで精いっぱいで散り散りになった者たちを気遣っている余裕はなかったのである。
「もう会うことはないと思っていた」
 久しぶりの再会を祝うべく二人が足を運び入れた酒場で、杯を重ねた後にハーサットがそう言った。
「いつから俺に気づいていたのだ?」
「街のゲートをくぐった時から、何となくな。
 馬が違ったから他人の空似かと思ったんだが、さっきの馬の愛で方を見て確信したんだよ。
 しかし、ずいぶん手入れの行き届いた馬だが、お前の馬はどうした?
 いや、そもそもフィオメインで暮らしているのではなかったのか?
 それに、フィオメインの国章も着けずに、ダブログ領内で何をしている?」
 いきなりのハーサットの質問攻めに、アヴェリーは面喰って苦笑いをした。
「話せば長くなる」
「……不味いことか?」
「あまり大きな声では言えないことだ」
「そうか……。簡単に言うとどうなる?」
「……濡れ衣を着せられて国を追われている。疑いを晴らすべく、証拠を求めて旅をしているところだ。
 ここにはその道程で立ち寄った」
「なるほどな。
 では、あの馬は盗んだのか?」
「まさか。あれは、縁のあるお方からお借りしている馬だ」
 ハーサットは、そうかと頷いた。
「そういうお前はここで何をしている?
 お前こそ、馬泥棒ではあるまい?」
 アヴェリーと同じように答えづらい理由があるのか、ハーサットは腕を組むと椅子にもたれかかった。
「いろいろあってな」
「簡単に言うと?」
「……賊を探している。この街には、一つの手がかりをもとに訪れた」
「そうか……」
 アヴェリーは何か判然としないまま、相槌を打った。やはり同じことを思ったのか、ハーサットが先に申し出た。
「なあ、アヴェリー。昔の好(よしみ)だ。話し合ってみる気はないか?
 互いに、何か手がかりになるかもしれない」
「そうだな。……ただし、他言無用だぞ」
 ハーサットの返事をまって、アヴェリーはこれまでのことを言葉に気を付けながら話した。周囲に妙な動きをする者がいないか目配りをしながらの話は、相応に肩の凝るものだった。危険を感じたら、話をやめるか場所を変えるかするつもりだったが、幸い、そうしたことはなかった。
「うむ」
 一通りの話しが終わると、ハーサットが眉をひそめて言った。
「フィオメインはそんなに刑罰の重い国なのか?
 たかが儀式一つの失態で国を負われるとは、いささか事が過ぎる」
「……なんとも。
 俺も生まれ育ったわけではないから、歴史的にどうなのかは見解を持てない。しかし、王家の話しになると口を閉ざす者が多いのは事実だ。特に王女の周りは絶え間なく緊張感が漂っている」
「そうか……。
 何かあるのかも知れぬな」
「王家に秘密があったところで、今更戻って調べることもできん」
「いや、そういう意味ではない。王家に何かがあるのはエネハインだって同じだった。俺が言いたいのは、処罰に疑問を持てと言うことさ」
「……分かった。肝に銘じておくよ
 さて、今度はお前の番だ」
 アヴェリーが促すと、ハーサットは椅子に張り付いていた背中をはがして、身を乗り出した。
「よし。じゃあ、……エネハインの状況から話したほうが良いか?」
「そうだな。そう願おう」
 アヴェリーは、エネハインが壊滅したと風の便りで聞いたまでである。被害の規模を知るのはこれが始めてであるが、時の経過のせいか、そこに畏怖はなかった。
「出来れば、事の起こりからが良い」
「……いいぜ。と言いたいところだが、俺も全容は知らない」
 ハーサットは杯の酒を口に含んで喉を湿らすと、静かに語り始めた。
「ある日の夜に、突然だった。繁栄の象徴とも言えた灰色の巨城が、吹き飛んだのさ」
 城が崩れ始めたのは東からと言う者もいれば、西からと言う者もいた。またある者は地下からとも言ったほど、少しの間もおかずにあちこちから砂煙が巻き上がったと、目撃した者たちは話した。実は瓦解の起点は一か所だけで、あとは連鎖的に引き起こされたのかもしれない。
 いずれにせよ、平穏な日の終わりに突然巻き起こった地鳴りによって、何かが始まった。
 兵士たちはすぐに敵襲だと叫んだ。しかし、夜ということもあって敵は見えない。エネハインの長い歴史にはいくつかの戦いが存在しているが、その当時は近隣諸国との和平が成立していて、平穏を脅かすような外敵はいないはずだったのである。
 さらに最悪なことに、いきなり城が崩れたせいで兵を指揮するものが一人もいなかった。城も城下も混乱にまみれ、混沌が混沌を生み、なにもかもが崩れゆく建造物のたてる砂埃に飲み込まれていった。
 結末だけを見れば、長い歴史が築き上げた石垣が敵だったのだろう。犠牲になった兵の半分以上が轢死であり、焼死であった。だが、そればかりだったわけではない。斬り殺された者と噛み殺された者がいたことが、争いの証拠でもあった。
「エネハインは何かに襲われた。正体は今でもわかっていないが、それは確実なんだ」
 死者、八万跳んで二百三十五名。それは城と城下を含めた人口の七割に当たる数字であり、騎士団も自衛団もほぼ含まれていた。
「生き残ったのは、俺やお前のように外に出ていた奴らだけだ。
 中で戦った奴らは皆死んだ。王族もその支族も、城に生存者はいなかった」
「負傷者は?」
「いない。傷を負ったものは一様に死んだ」
「では、その何者かの正体を知る人間はいないということか」
「うむ。生き残ったのは、あの夜に起こったことを何も知らない人間だけだ。
 ただ、一人を除いては」
 城の地下にある王族用の壕で、エネハイン王の大叔父にあたるフェリオ・エネハインが生きていた。
「フェリオ公が?」
「ああ。こう言っちゃなんだが、あの爺さんは本当にしぶとい。王位継承候補者を三人も暗殺させた欲深さは、老いても衰えなかったわけだ。
 だけど、その時ばかりは、手遅れだった」
 倒壊から五日後の発見であった為に既に遅く、見つけたときにはこん睡状態にあった。
 すぐに手当てが必要な状態だったが、廃墟になりかけた町にはろくな薬がなかった。ありったけの気付け薬を処方したが手遅れで、フェリオ公は発見から二日目に死去した。
「それでも、フェリオ公は三つの鍵を残した」
「『鍵』?」
 イミールの言葉を思い出して、アヴェリーはその言葉に反応した。
「いや、手がかりという意味だ。お前の話していた『鍵』ではない。言葉が悪かったな。
 フェリオ公は、死に際に遺言を吐いたのさ」
 脈を打つ間隔がどんどん開いていく中で、フェリオ公は突然目を見開き、こう言った。
『アンクレット・アークは我らのものだ。
 貴様は大人しく運命を受け入れろ、ラスタニアの小倅』
 フェリオ公は薄気味悪い笑みを浮かべて、そのまま昇天した。

続く