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リルジャの足枷

XII.再会(3)

 かつて神々が、箱舟に乗って世界に流れ着いた時、世界は人と魔の争いにより荒れ果てていた。見かねた神々は新たに二つの大地を生み出し、魔なる者たちに北の大地カレトヴィアを、文明を持つ知能高き者たちに東の大地ラトディアを与え、自らは荒れ果てたレフェスの大地に住まうことで争いを収めた。
 神々は箱舟で持ち込んだ道具や術を駆使し、長い時間をかけてレフェスを再生させた。再びレフェスに豊かさが戻ると、神々は元来た箱舟に乗って、今度はレフェスを去っていった。レフェスには豊饒の大地と、カレトヴィアにもラトディアにも行くことがなかった、知恵の浅い人間が残った。
 それが、今ある三つの大地、レフェス、ラトディア、カレトヴィアの始まりであり、レフェスには人間が、ラトディアには古代人が、カレトヴィアには魔族が、それぞれ存在する理由であると伝えられている。
「創世記、か」
 アヴェリーが言った。
 誰しもが幼い頃に聞かされる伝承のひとつである。
「それがその、アンクレット・アークとやらに何の関係がある?」
「まあ、あわてるな」
 ハーサットが杯を開けて、注文を追加する。
「東国のカーナロキアを知っているな」
「……レフェスで唯一、ラトディアの古代人たちと交流がある国だな」
 地理上で最もラトディアに近い土地にある国がカーナロキアである。俗にロキアンと呼ばれてい彼らは、古くからラトディアとの親交が深く、多くの技術をレフェスに伝道する役割を担ってる。カーナロキアと直接のかかわりを持ったことのない国でも、その話は有名だった。
「そのロキアン達が、ある伝説を古代人たちから聞き出した」
 その話によると、神々が去った後に不可解にもレフェスが荒れ始めたそうだ。
 原因は、カレトヴィアに渡ることがなかった力のない魔物でも、人間でもない。そこにいたのは、足枷をはめた神だった。囚人なのか捕虜なのか。いずれにせよ、レフェスに捨てていかれた神々である。
 レフェスの大地は再び破壊に飲み込まれた。カレトヴィアはその様を喜んで観ていたが、ラトディアは頭を抱えた。レフェスが荒廃すれば魔族にとっての楽園となり、ラトディアの民は魔族との均衡を守れなくなってしまう。いかに文明の力が優れていても、数の戦いとなってはひとたまりもない。
 事態の収拾を計る必要に迫られたラトディアの民は、勇敢な者たちを集ってレフェスに乗り込んだ。そして、ある者は剣で、ある者は法術で悪しき神々に挑み、長い戦いの末に神々をレフェスの大地に封じることに成功した。
「ラトディアの民は、神をアークと呼ぶ。『箱舟に乗って現れし者』という意味だそうだ。
 アンクレット・アークというのは、その話を聞いたロキアンが付けた俗称だが、『足枷をはめた神』を指すらしい」
「足枷をはめた神……」
 ハーサットの話は分かったが、その言葉にピンと来るものはなかった。話が大きくなりすぎて、どう受け取ってよいのか分からなかったというのが、この時のアヴェリーの本音であった。
「……そのアンクレット・アークが、エネハインの崩壊と何の関係がある?」
「それはまだ分かっていない。言葉の意味を言ったまでさ。とにかく、アンクレット・アークというのが、フェリオ公の遺した鍵の一つ目だ」
 ハーサットはそう言って、指を一本立てた。
「話の続きをしよう」
 フェリオ公の言った『ラスタニアの小倅』には心当たりのある者が、その場にいた。
「旧ラスタニア国の第二王子、グレナード・ラスタニア。
 呪われた力で母国を滅ぼしたといわれている」
「キングダム・イーター」
 それについてはアヴェリーも情報がある。もともと、エネハインを滅ぼした男として風の便りに聞いていた。
「そうだ。
 古い手配書では左の手首から下を包帯で巻いていると記述されていたが、エネハイン崩壊の前日に目撃した商人がいてな、その男は左肘から下を包帯で包んでいたらしい」
「……傷が広がっているのか?」
「さあな。だが、そうだとしたら、いまは左腕全てかもしれない。
 いずれにせよ、あの日のエネハインにグレナード・ラスタニアが居た。
 それが二つ目の鍵だ」
 ハーサットが二本目の指を立てる。
「三つ目は?」
「逝去されたフェリオ公の目を閉じようとした時に気づいた。
 たった今死んだ人間にしては、瞼越しに触れた目がやけに冷ややかだったんだ。その上に硬い。知っての通り、俺はあまり勘の良いほうではないが、手を止めるには十分な感触でな。
 確かめてみたら義眼だった」
「それがどうした?」
 エネハインは王家も剣をたしなんでいた。特にフェリオ公は腕に覚えがあり、騎士の間でも王家筋の人間では一番と噂されていたほどである。義眼とは気づかなかったが、何らかの怪我により眼球を替えていたとしても不思議ではなかった。
「うむ。旧約を知っているか?」
「大昔に精霊とかわした誓いのことだな」
 ハーサットがうなづいた。
「気が付いたんだ。左目がぼんやりと光っているのを」
 調べてみれば、フェリオ公の左目は旧約の証しの一つとされる『旧約の玉』であった。
「何故そんなものを……」
 アヴェリーは驚嘆した。
「分からん。
 経緯も目的も、フェリオ公が墓に持って行ってしまった。
 もしかすると、城内で唯一フェリオ公が生き残られたのは玉のおかげかもしれんが、事態を予期して待っていたとはも考えにくい。わざわざ目の中に隠し持つ必要もないしな。
 まあ、謎だらけだが、それが三つ目の鍵だ」
 ハーサットは三本目の指を立て、アンクレット・アーク、グレナード・ラスタニアの訪問、旧約の玉の三つが、エネハイン崩壊の謎を解く鍵だと言い直した。
「それらが、今のお前の賊探しとどう繋がる?」
「うむ……」
 フェリオ公含めた全ての犠牲者達を埋葬した後は、ほとんどの者達が散り散りになったのだが、一部の人間達は再び集まリ、話し合った。フェリオ公が残した三つの鍵をたどり、エネハインが崩壊した原因を探るためである。その輪には、ハーサットも参加した。
 彼らは三つに分かれることにした。アンクレット・アークを追う者、グレナードを追う者、そして旧約を追う者である。
「俺は旧約の手がかりを追うことになった。
 だが、取り掛かりたいところに、問題が起こったんだ。
 フェリオ公の葬儀を執り行っている間に、玉が盗まれてしまった」
 フェリオ公の往生に立ち会ったのは、ハーサットだけではなかった。エネハインで死ねなかった国の関係者達が一様に集い、その最期を見届けていた。そのうえ、犠牲者達の葬儀は生存していた全国民で行われ、他国からはせ参じた者もいたために、顔の知らない者達も多く、始めから玉を盗む目的で参列した者がいたとしても見分けることはできない状況だった。フェリオ公の義眼の秘密をどれだけの人間が知っていたのかも計り知ることができない以上、消えた玉の行方は暗中に飲み込まれたと言わざるをえない。
「かくして、俺の旅は手がかりを失くして始まり、今は賊の情報を手がかりにスタインバードに来ているのさ」
 ハーサットは寓話の幕開けを語るかのように、おどけて言った。
「賊か……」
 話を聞きながら、アヴェリーは自分自身に何かすっきりしない事があるような気がしてきた。非常に大切なことを見落としているような気がするのだが、ハーサットの顔を見ていても、その疑念が晴れない。
「そう、賊だよ。賊。
 ……なあ、アヴェリー。思い出さないか?
 まあ、お前はあまり関わっていなかったかもしれないが、実のところ、あの日に俺が城にいなかったのは賊を追っていたからでもあってだな、結構、エネハインでも名の知れた賊がいたのだが……」
 ハーサットが勿体ぶった言い方をする。きっと、アヴェリーの抱くもやもやと関わることなのだろうが、いまひとつ判然としない。
「ただ、今は少し人相が変わっている」
 その言葉で、アヴェリーの記憶の扉が一気に開いた。
「そうか! 鉤鼻のレドベグか!」
「おっ! 思い出したな。さすが第一騎兵隊。出来が違うな。
 そうさ。レドベグだよ。今はこの街で、宿を営んでいる。誰かさんが泊っている宿を、な」
 迂闊だったと言えばそうであるが、賊を相手に剣を振っていたわけではなかったアヴェリーにとって、宿の主が盗賊の親玉であることを見抜けなかったのは、無理もないことだった。そのうえ、文書で見ていた鉤鼻という人相も、いまでは左目と鼻をまたがる十字創に変わってしまっている。
「あの傷がどうしてついたのかは分からん。鉤鼻を隠すために、自分でつけたのかも知れん。
 しかし、あの面は間違いないよ。半年以上も追い回したことだってあるんだ。忘れようも間違えようもない」
 ハーサットは自慢にもならない話に胸を張った。

続く