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リルジャの足枷

XIII.再会(4)

「……その旧約の玉が亡くなった時、レドベグを見かけた者は居たのか?」
「いや、いない。知れた顔だから、誰かが見ていれば追いかけているだろう。
 これは俺の勘だが、あいつが盗ったとは思っていない。しかし、俺とお前に騎士という繋がりがあるように、賊は賊同士で繋がりがある。だから、何か知っているかもしれない、という考えだ」
 ハーサットは、賊に助けを求めるようで気は進まないが、と付け加えた。
 そうまで話したところで、ちょうど二人の杯が空になった。酒場の人も減り始め、夜更けを迎えようという刻限である。
「これからどうするつもりだ?」
 アヴェリーが言った。
「正直に言うと、悩んでいる。
 今日で二か月以上も監視していることになるが、金を運び入れた形跡もなければ、仲間を集めたこともない。どうやらあの野郎、足を洗ったみたいだ。あの様子では、俺がいきなり押しかけた所で、きっと何もつかめないだろう。とは言っても、待ち続けるのは、そろそろ限界だ」
「手を貸そうか?」
「無理をするな。お前はお前で、アインガストへ向かうのだろう?」
「まあな。だが、別に急いでるわけではない。フィオメイン領は既に脱出したから、追っ手も管を巻いているはずだ。二、三日なら滞在しても問題なかろう」
「どうかな……」
 そう言うとハーサットは、天井を見上げて考え始めた。
「どうした?」
「……」
 頭の中に何かを描いたような顔をした後でハーサットが言った。
「……よし、アインガストに行くぞ」
「なんだと? レドベグはどうする?」
「放っておく。奴はこの街の住人と化したようだ。このまま見張っていても、何か起こるとは思えん。それに、俺もアインガストに所用があってな。旅は二人の方が楽だ」
「……いいのか?」
「いい。お前の話にも興味があるし、ハイ・メインのことだ、何かつながるかもしれん」
「ハイ・メイン?」
「エネハインとフィオメインの兄弟国のことだ。旅すがらでそう呼ばれているのを聞いた。良からぬつながりとしてな」
 国外に出てみると初めて聞く言葉も多いが、それが一番衝撃を受けた言葉だった。
 エネハインとフィオメイン。国を統べる王族が起源を同じくしているだけのつながりだと思っていたが、外の世界ではそれ以外の何かがあるということなのだろう。ハイ・メインというその言葉は、複雑な余韻を残して、アヴェリーの胸に刻まれた。
「今日のところは、ぼちぼち開こうか」
 ハーサットが席を立った。
「明日の朝は、石像の前に居ればいいか?」
 アヴェリーは返事をしながら立ち上がり、飲み食いした分の共和銀を机に置くと、店の外に向かった。夜の残りは宿に戻って疲れを癒すために宛がうはずだったが、どうやら、ハーサットの心変わりが運命の歯車を狂わせたらしい。
 酒屋の出入り口で二人が出くわしたのは、レドベグ本人だった。
 アヴェリーはハイ・メインのことを考えていたし、ハーサットはあくびをしていた。三人はぶつかりかけて、瞬間的に、アヴェリーは十字創を、ハーサットは鉤鼻を見た。レドベグは、先にアヴェリーを見たせいで、軽くお辞儀をして去ろうとしたが、すぐにハーサットに気づいて一歩飛び退いた。
 フィオメインに追わているアヴェリーの獲物は背中に張り付いてるが、ハーサットは護身用の短剣だけで、それも落ちないように柄を結い止めている    。それでも、丸太のようなハーサットの腕がレドベグの胸倉をつかむのは早かった。
 しかし、レドベグも負けてはいない。ハーサットに外套一枚を掴ませると、それを脱ぎ去って盗賊ならではの逸足で逃げ出した。
「アヴェリー!」
 ハーサットとレドベグの一瞬のやり取りで時を得たアヴェリーは、人差し指と中指、薬指の間に二本の矢を挟み、既に弓を構えている。ハーサットの声を聞き届けると一気に矢を刺して狙いを絞った。
「殺すなよ!」
 ハーサットのその一言の間に、レドベグの影はぐんぐん遠ざかる。夜の影はすぐに闇に溶けていったが、アヴェリーの放った二本の矢は確かな手ごたえとともに男の短い悲鳴を生んだ。
 ハーサットは既に駆け出している。アヴェリーは弦の振動が収まるのを待たずにハーサットに続いた。
「何しやがる!」「痛えじゃねえか!」「放しやがれ!」
 宿の馬屋に引きずりまれる間中、レドベグはそれらの言葉を何度も繰り返した。真夜中とはいえ、放っておくと人目を集めてしまうために、ハーサットがベルトを噛ませた。
 馬屋は静かなもので、奥の方はランタンに照らされることがなく、どこまであるのか分からないほどだった。逃げられても入り口を塞いでおけば出られはしないが、この小屋はレドベグの持ち物であり、どこに抜け穴があるのかは分からない。ハーサットはレドベグの腰に縄を巻いて、その一端を右手で握りしめた。
「あまり騒ぐなよ。俺は貴様をどうにかしたい訳じゃないんだ」
 噛ませたベルトを外す前にハーサットが言った。
「じゃあ、こいつは何の真似だい?」
 口にたまった唾を吐きだすなり、レドベグは不機嫌に言った。
「出会いがしらに貴様が逃げるから、縛ることになるんだ」
「はんっ。今まで散々っぱら、追いかけまわしておいて、逃げるなとは虫が良すぎねぇか?
 ハーサットの旦那よう?」
「俺は賊を追うのが生業なんでな。
 そもそも、貴様が王宮のものを盗むのがいかんのだ」
「俺は盗むのが生業なんだよ!」
 二人の無意味な論争が喧騒になりかけたところで、アヴェリーが止めた。
「ハーサット。今はそんな話をしている場合ではないのだろう?」
「……」
 アヴェリーが促すと、ハーサットはしゃっくりを止めるような顔をして黙った。
「レドベグ殿。済まぬが、少しだけ協力していただきたいのだが、お願いできないか?」
 その言葉に我慢できなかったようで、ハーサットが耳打ちしてきた。
(アヴェリー。賊相手にそんな言い方はないだろう)
(体面が大事だとでも?
 よく考えろよ、ハーサット)
(むう……)
 その間にレドベグは小さく体をゆすった。縄を解こうとしているようだった。
「協力していただけるなら、今すぐに解くが?」
「アヴェリー。それはだめだ」
「大丈夫だ。考えてみたら、この人は逃げない。
 使用人を雇って営んでいるわけではないからな。妻を置いて逃げ『られない』だろう」
 アヴェリーの考えは図星だったようで、レドベグは舌打ちで返事をした。
「協力ってのは、何だ?」
 レドベグが顔も合わせずに言った。
 ハーサットがレドベグの顔を向き直させる。
「こちらが探している物について、知っていることを教えてほしい」
「……仲間の事でなければ、答えてやってもいいぜ」
 レドベグは体をゆするのを止めて、そう答えた。
「かばい立てすると、ろくなことにならんぞ?」
「かばう?
 ハーサットの旦那。あんた長い付き合いなのに、まだ俺たちの『しきたり』が分かってないようだな。俺たち盗賊は仲間をかばって嘘をつくんじゃねえ。ただ己の身を護るために黙るのさ」
 秘密を漏らせば仇となる、レドベグは暗にそう匂わせた。
「まあ、そういう訳で、俺が応えられる範囲なら協力してやってもいいが、どうするかね、旦那方」
「貴様、勘違いするなよ。貴様は今、俺たちが拘束してるんだ。貴様に主導権があるわけではない」
「どうかね。俺はエネハインの盗賊でしかない。ダブログでは善良な市民で通してる。エネハインが埃になっちまった今、あんたらが俺を拘束する権利はないじゃねえか?」
 二人は反論に窮した。今ここに、レドベグに対する罪状があるわけでもない。
「わかったら、さっさと解いてくれよ」
「……ハーサット。言うとおりにしよう。俺たちも彼をどこかに引き渡すことは考えていないだろ?」
 アヴェリーに促されて、ハーサットはようやくレドベグの縄に手をかけた。その時に、舌打ちをすることをハーサットは忘れなかった。
「しかし、貴様も鈍ったな。以前なら、俺のかけた縄などいとも簡単に解いていた。それが今や、どうだ?
 情けなくなったもんだな」
 負け惜しみなのか、いやらしくハーサットが言うと、すぐにレドベグが言い返した。
「旦那。そいつは違うぜ。
 旦那が結び目を一つ間違えたせいで、解きづらくなっちまたんだ」
「何? どこがだ?」
「そこだよ。そいつは外に挟むもんなのに、内側に噛ませちまった。
 あっと、そのやり方じゃ解けないぜ?」
「……」
 次第にハーサットがぶつぶつと呟く声が、馬屋を満たし始めた。
 まだエネハインがあった頃、ハーサットが頻繁に盗賊の長にやり込められているという噂を耳にしたことがあったが、それを目の当たりにしたアヴェリーは噂が事実だったことを知り、苦笑した。
「ハーサット。切ろう」
「……いや、もう少しでほどける」
「すまないが、時間が惜しい」
 ついにはアヴェリーが短剣で縄を切断した。

続く