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リルジャの足枷

XV.再会(6)

「ディアクク修行路のことは知ってるな?」
 ふてくされて黙々と縄をほどくハーサットを横に、レドベグはアヴェリーに尋ねた。
「……レフェスとラトディアを結ぶ唯一の道、だったな。レフェス中の修験者たちがラトディアの技術を学ぶために歩き、やがて道になった、と歴史に学んだが」
「そうだな。だが、一方で違うことも言われている。
 ディアクク教会がラトディアを聖地と定め、参拝するために造った、とな」
「ディアクク教会?」
「最古の教会の一つだ」
 ディアクク教会は修行路を血脈として、虐げられていた者たちを中心に広まった。しかし、完全な王政を敷いていた近域の国々では、当然のこと権力者の覇権が強く、ディアクク教会のような宣教活動は王政の邪魔になり、すぐに弾圧されるようになった。その結果、教会は解散を余儀なくされた。もともと、巨大な権威もなく始まった弱者の信仰であり、弾圧に耐えるほどの力もなかったのであった。
 しかし、信者は消えても、修行路全域に広がった繋がりが無に帰すことはなかった。むしろ、思想の弾圧によって権力者の独裁を恐れた者たちは秘密に繋がりあい、王政が民を脅かそうという時には戦える勢力を残そうとしたのである。
「それが、ディアクク会?」
 レドベグが頷いた。
「そのディアクク会が、レフェスを手に入れるために旧約の証を集めている、と?」
「そう聞いただけだ。事実かどうかは、俺には分からない」
 レドベグはそう締めくくった。
「しかし、おかしくないか?
 ディアクク会は民を守るための組織だろう? レフェスを手に入れてどうする?」
「さてな。
 ……教会が会になったのは百年近く前のことだと聞いた。人の集まりってのは、時間の経過ともに目的を見失うことはよくある。それに、」
 ディアクク会は分裂し始めたという噂があると、レドベグは言った。会の本幹である、民を守るという派閥と、力を手にしようという派閥がそれぞれ別に動いているらしい。
「力が無くては人は守れない」
 急にそう発言したのは、ハーサットだった。
「そういう考えを持つ輩はいくらでもいる。俺は嫌いだがな」
「同感だな」
 レドベグとハーサットの意見が珍しく合ったが、互いに妙な空気を悟り、それぞれ沈黙した。
「……まあ、連中の目的については興味がないが、俺がシラクについて知っている情報はそこまでだ。
 それ以上のことを調べたいのなら、どこにいるかわからんディアクク会の連中を訪ねるんだな」
 レドベグは、もういいだろと言って立ち上がった。
「ディアクク会について知っていることは、他に無いのか?」
 すかさず、アヴェリーがすがった。
「……会員は必ず、十字架に羽の生えた紋章を彫り込んでいる。それが証だ。それ以上のことは、恐れ多くて言えないな」
 ほかにも情報を持っていることをレドベグは匂わせたが、さっきは「己の身を護るために黙る」と言っていた男だ。おそらく、これ以上問い詰めても、何も答えないだろう。
 だが、レドベグは確実に何かを知っている。その情報を聞き出すことなく、有効に使えないものかと、アヴェリーは考えた。
「……もし。私が、主殿に旧約の証を盗むように依頼したら、どうする?」
 すぐに反応したのはハーサットだった。
「馬鹿か、お前。何を言っているのか分かっているのか?
 盗みを依頼するということは、お前もその道に身を落とすということなのだぞ」
「馬鹿とはなんだ。そもそも、お前が聞くべきことではないのか?」
「俺は、こいつの手を借りてまで玉を探すつもりはない。情報を聞きに来ただけだ」
「ではここで終わりか? もしかしたら、盗まれた玉に近づけるかもしれないのだぞ?」
「そうまでする必要はないと言っているのだ」
「必要はない? どういう……」
「なあ、旦那方」
 アヴェリーの言葉を遮って、レドベグがアヴェリーに声をかけた。
「俺に盗みを依頼することの意味が分かっているのか?
 盗みを依頼するということは、その窃盗がもたらす結末に責任を持つということだ。
 結果的に何人が不幸になっても、あるいは一つの国が滅んでも、旦那は平気でいられるのか?」
「……」
「旦那には無理だ。
 だいたい、盗みを依頼する奴はもっとどす黒い目をしてる。人の不幸が映らない危ない目だ。旦那の目はそうできてない。旦那の目は、たとえ映っていなくても、頭の中で不幸を想ってしまう優しい目だ。
 そういう奴は、汚いやり方で手に入れた物を守ることができない。どんなに労を要して物を手にしてもだ、いつか必ず手放す。自責の念がそうさせるのさ。結局、手にする過程で生まれた不幸だけが、俺の顔みてえな傷になって後に残るんだよ」
 そう言い放ったレドベグに、アヴェリーは反論一つできなかった。
「やはり貴様は悪党だ」
 代わってハーサットが言った。
「それを分かっていながら、盗賊であり続けた罪は重いぞ」
「何とでも言ってくれ、ハーサットの旦那。どうせ俺の目はどす黒い。目擦っても、足洗っても落ちやしねえんだ。
 さて、話は済んだろう? 俺はもう戻っていいか?
 ひと寝して、明日の仕込みをしなきゃいけねえ」
 もう、夜半は随分すぎている。
「さっさと、行けよ。
 今日のことは忘れてやる」
「そうかい。そりゃ恩に着るよ」
 心にもないことを飄々と言って、レドベグは背を向けた。
「ああ、そうだ」
 棒立ちしたまま、レドベグが言った。
「旦那、アヴェリーって言ったか?」
「……そうだが」
「ふうん。
 ……もし、フィオメインのアヴェリーだとしたら、一般公路は避けたほうがいい。明日の朝、ダブログ中に手配書が回る。公路には門が設けられ、手配された奴はそこで捕まるだろう」
「どこでそんな情報を手に入れた?」
 レドベグに問い詰めたのはハーサットである。
「人づてさ。
 うまく逃げる奴ってのはな、足が速いんじゃない。情報に早いんだ。例えば、騎兵隊に金を掴ませたりしてな」
「何だと? そんな馬鹿なことが!」
「ハーサットの旦那は何も知らないだけだよ。
 まあ、そんなのはどうでもいい。
 アヴェリーの旦那の馬に、当面の食料と抜け道を書いた地図を乗せておいた。暗いうちに出ていきな」
「……何故、私にそこまでの援助を?
 そんなことをすれば、貴方にまで被害が及ぶ」
「旦那はまだ手配されていない。少なくとも今はな。だから問題ねえさ。
 それに、最初に言わなかったか?
 世話はするが面倒は見ない、と。もっともこれは、余計なお世話だったかもしれんがな」
「……感謝する」
「そんな筋合いはないな。
 ……実というと、酒場に行ったのは旦那を探してたからだ。夜明け前に出て行ったもらわなきゃ困る。俺が手配書を受け取ったら、旦那を引き渡す義務が生じる」
「わかった。すぐに準備をしよう」
 アヴェリーはレドベグの背を追い抜いて、馬屋を飛び出すと、手荷物を置いた部屋へと駆けていった。
「ハーサットの旦那はどうすんだ?」
 二人残された後で、レドベグが聞いた。
「ふん。貴様の知ることじゃない」
「……そうかい」
 アヴェリーという翻訳者が立ち去って、なおも二人の間には一人分の隙間がある。
 何かそわそわしたものを感じながら、ハーサットが言った。
「生きながらえた命だ。ダブログで道を誤るな。法治国家はエネハインより処罰が厳しいぞ」
「言われるまでもねえ」
 ハーサットは立ち上がると、最後まで解けなかった縄を肩に巻いて立った。
「……なあ、旦那」
 菓子をねだる子供のような態度でレドベグが言った。
「エネハインは今どうなってんだ?」
「国を捨てた貴様には関係ないことだ」
「まあ、そう言ってくれるなよ。俺にとってもな、エネハインは祖国なんだ。確かに、てめえで追われて出てきた国だが、なくなっちまうのは切ねえ。自治国でも何でもいい。あそこに街があってくれさえすれば、いつかは帰ろうという俺の生きがいも保てるもんさ」
「盗賊なんぞ、誰が迎えるか!」
 言葉では強く当たりながら、ハーサットはレドベグの見えないところで少し笑っていた。何故だかは分からない。故郷を思う者が意外なところにいたことが嬉しかったのかもしれない。
(違う。これは苦笑いだ)
 ハーサットはそう言い聞かせて、レドベグに伝えた。
「あと一年したら来い。その頃には牢ができるだろう」

続く